第7章 祖父の贈り物 (6)
涼香は礼韻と常に行動を共にしていたが、しかしべたべたとくっ付き合っていたわけではない。付き合っている仲という風はなく、実業家とその秘書というような距離の取り方だった。
だからそれが、男2人女1人という形になっても、なんら不自然さはなかった。また話の内容もほぼ歴史がらみで、固いものだった。
涼香の祖父、次村遊作は時代小説家だった。ベストセラーなどない売れない作家だったが、エッセイも初心者向けの解説書もなんでも受けたので、仕事がなくなることはなかった。
礼韻の祖父である願坐韻とは気が合い、ちょくちょく遊びに行った。のちに礼韻に教えられたところによると、願坐韻のブレーンの一人になっていたということだった。
願坐韻は遊作の分析を、大きく評価していた。自身の説にも多く取り入れていたらしい。いつも穏やかで優しかった祖父を思い出すたびに、そのイメージのギャップに涼香はおかしくなった。そして同時に、損をしたとも思った。その、権威者も買う鋭い歴史分析を、伝授してほしかったと。
ともかく涼香は、そのために礼韻の家を頻繁に訪れた。
涼香の最初の記憶では、ちょっと退屈だけど、美味しいものをたくさん出してくれる家という印象だった。ずっと幼かったころに、礼韻の記憶はなかった。
少しして、いつの間にか礼韻と一緒に遊ぶようになった。一番の印象は、少し横を向いて見つめるときの、目だった。
しばらくはその目に見られると、言葉が止まってしまった。小学校に上がるまでは、目を見て話すことができなかった。
もうひとつ、強く印象にあるのが、礼韻が本を読んでいるときだ。礼韻が本を読みだすと、涼香はホッとした。気難しい相手と話さないで済むからだ。それでもなにかしら、声を掛けなければいけないときがある。そんな時に近付くのだが、本に気持ちが入り込んだ礼韻に触れることも話しかけることもできず、容易に注意を引けなかった。そして今でこそ記憶違いかと思うのだが、ふわりと白いものに包まれているのだ。まるで礼韻の集中力へのバリヤかのようだった。
「歴史は面白いよ」
などという言葉など、涼香は一言もかけてもらったことがなかった。涼香は礼韻を横で見て、真似るかのように歴史に興味を深めていったのだ。
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