第6章 戦場の混沌 (2)
周りの騒ぎをよそに、じっと立ち尽くしている馬がいる。右前脚が折れ、アクセサリーかの如く、付け根からブラブラと揺れている。ぴくり、ぴくりと肌や耳を震わせるだけで、あとはおとなしくうなだれていた。おそらくは一歩でも踏み出せば、人の数倍ある体重のこと、バランスを崩して転倒してしまうだろう。それを体の奥底に残る野生の肌で感じているから、動かないのだ。
戦場ではだれもが自分のことで精いっぱいで、役に立たなくなった乗り物になど誰も目をくれない。あの、もうどうにもならなくなった大型動物に関心を持つのは、自分一人なのだ。涼香は思い、今度は声を出して泣いた。その近くには腕を切られ、血に染まりながら右手一本で奮戦している足軽がいたが、じっと立つ馬の方に強く気持ちがいった。腕を落とされた足軽も馬と同じで死が迫っているが、とにかく意思のとおりに動け、生を全うできる状態だった。いずれは出血多量で斃れるだろうが、それまでは無我夢中でいられる。馬は、生を閉じるまで、膠着状態を強いられている。その状況が悲哀を生むのだ。
何人もの足軽の体に、矢が突き刺さっている。なかには数本刺さり、あるいは首に受けている者もいる。よくあれで激しく動き回れるものだと、涼香は不思議だった。もう、生死を超越した人間の力なのか。あるいはトランス状態なのか。涼香は無意識に首を左右に振った。
弓矢の隊が横合いから飛び道具で戦っているからといって、安全なポジションというわけではなかった。彼らは隊を作っているので、鉄砲隊に狙われても、味方が押されて槍の隊が向かってきても、勝手に現場を離れられない。また隊が離散して自由に動ける状態になったとしても、野に出れば槍に寄ってたかって殴打されることになる。弓を扱う者も、戦場で接近戦を行う足軽と同様の、危険の度合いなのだ。どの兵も、死がとなりに迫る駒の一つなのだ。
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