第6章 戦場の混沌

第6章 戦場の混沌 (1)

 涼香すずかは顔が硬直していた。遠眼鏡を振るたびに、衝撃を受ける場面が目に飛び込んでくるからだ。馬に倒れかかられ、腰骨を折ったのか下半身が動かせなくなった者。鉄砲が腔発こうはつし、指があらかた吹き飛んでしまった者。槍が目を掠めて視界を失ってしまった者。切った切られたとは違う、ある種滑稽にも感じられるイレギュラーな負傷が、野のそこかしこに転がっていた。


 涼香はこの日何度目かになるが、涙を落した。負った傷の程度からいって、彼らは絶命することはない。しかしその後の人生を考えると、助かってよかったとはとても思えなかった。その傷を抱え、不便極まる生涯を過ごさなければならないはずだ。まだこの時代には、治療も介護も社会保障もない。


 鉄砲隊が撃ちまくり、それが下がって槍の隊が出る。この戦国期の戦いの定跡だ。


 槍は長い方が敵に届いて有利だが、あまり長いと重くて自在に振り回せず、また折れる率も高くなる。しぜん、皆だいたい同じ長さに落ち着く。だから槍の隊同士がぶつかると、壮絶な叩き合いとなる。その音は山腹を駆け上がって、涼香たちの土嚢にまで届いた。


 中に、鈍重な動きの槍使いがいる。あまり動き回らず、叩かれるに任せながら敵に近付いていき、数回槍を振り下ろしただけで倒す。涼香は注目してじっと見つめるに、どうやら頑丈な武具で固めているらしいと分かった。頑丈なだけに重量があり、動き回れないのだ。しかし叩かれようが突かれようがダメージを受けることなく、おそらくそんなものを着込んでいるということは力自慢なのだろう、槍もひときわ太く、敵の懐まで進んだところで叩き潰すのだ。機敏性を放棄した、ある意味オリジナリティーのある見事な戦法といってよかった。


 涼香はしばらく追っていた。大きな成果をあげているのだ。心のなかに応援する気持ちが生まれ、しぜん、肩がこわばり、手のひらが汗ばんだ。鈍重な足軽は少ない動作で相手を次々倒していく。馬上から誉める武将がいて、鈍く頭を下げた。


 それに気をよくしたのか、足軽は深く突っ込んでいった。しかし単独で、いかにも危険に映る。ダメ、ダメ! と涼香は心の中で呼び掛けた。もちろんそんな心の叫びなど届くわけがない。敵陣まで入り込み、鉄砲を至近距離から撃たれた。銃弾は次々弾かれ、足軽はさらに撃ち手に近付いた。鉄砲と強固な鎧の勝負になった。近くからの銃撃で、勢いに負けて足を止める。しかし再び前進。あと数メートル。槍の届くところまで行けば勝ちだ。撃たれ、また足止めされる。今度はよろめいた。だが体勢を立て直してさらに前進。再度撃たれ、今度は衝撃で倒れてしまった。これが致命的になった。重くてかさばり、起き上がれないのだ。そのうち敵の槍に取り囲まれ、四方から、武具に覆われていない顔や手に槍を突かれた。血が噴き出し、槍の隊が散って遠眼鏡に捉えたときには真っ赤に染まって痙攣を起こしていた。間もなく、動きを止めた。生き残るための必死のアイデアも、合戦の終了までもたなかった。


 安穏とした世から来た者には、きつすぎる光景だった。涼香は涙を流していたが、あまりの衝撃だったのか、不思議なことに笑い声も出てしまった。 

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