第5章 三成を取り巻く男たち (4)
西軍優勢。
天満山から笹尾山にかけての南北のラインが、総じて押していた。
宇喜田隊は福島隊を壊滅させ、大谷隊は藤堂、京極隊を押し、石田隊は黒田、細川隊をくぎ付けにしていた。戦いが始まって3時間になろうというところで、だれの目から見ても西軍が優勢に感じられた。
個々の戦いを切り取ってみれば、これは当然のことと頷けた。福島隊は3倍の兵力を誇る宇喜田隊と、単騎でぶつかっている。それも、戦術もなにもなくただやみくもに戦っているだけだ。藤堂、京極両隊に対する大谷隊は兵こそ少ないが、平塚、戸田両隊と見事な連携をしている。平塚も戸田も1千に満たない小隊だが、元々指揮の整う大谷隊に加えての連携だけに、大隊並みの威力を発揮していた。
黒田、細川、田中など石田に向かう隊は数こそ大群だが、各自が手柄を求めて個々に突っ込むので、待ち受ける側からすれば捌きやすい。局地、局面ごとに島左近、蒲生郷舎、石田の大砲などが対応すれば抑えられた。
「気持ちいいでしょ」
涼香が礼韻に言う。石田三成を崇める人間からすれば、これほどに気持ちいい眺めはないはずだった。
気難しい人間はなにかに付けて反対のことを言い張るが、礼韻にそれはなかった。相手の言い分が客観的に正しければ素直に認めた。この涼香の問いにも、反論することなく、静かに頷いた。
「このまま進めば、石田は勝てたんじゃないの?」
ところが2つ目の涼香の問いには、礼韻は反論をした。
「いや、西軍は絶対に勝てなかった」
「でも、今こんなに押してるでしょ。どうして?」
礼韻は、少しうつろに感じる目を、涼香に向けた。そしてゆっくりと首を振った。
「合戦は、野球やサッカーとは違うからだ。優勢というのは、1対0なり2対1なり、途中経過で点数が上回っていることを指すだろ。だからその状態でゲームが進んでいけば勝利となるわけだ。時間が進むなり、回が進んでゲームセットに近付くなり。しかし合戦は、ただ推移するだけでは勝てないんだ。
言ってみれば、合戦は将棋のようなものだな。勝ちとは敵の総大将の首を取ること、それだけだ。だから優勢のまま進行していっただけではだめで、この後、優勢を勝勢へ、勝勢を勝利へと進展させる必要がある。
しかし三成には、優勢を拡大させるための手駒がないんだ。東軍は今でこそ劣勢だが、なにしろ手駒が多い。うしろに控える譜代の三河軍団をいつでも繰り出せる。福島正則や黒田長政たちが敗れたとしても、一方的にというわけではない。西軍だって疲弊している。そこで第2波、第3波を放てば、西軍は持ちこたえられない。この西軍優勢という状況は、石田、宇喜田、小西らが疲れるまでのことだ」
元々切れ長の礼韻の目が、スッと細くなった。そして槍を前に突き出す。
「あの三成陣営らしき最奥から上がり続ける狼煙の白煙を見ろ。三成はしきりに、家康の後ろの南宮山に、早く攻撃を開始しろと催促している。しかし彼らは一歩も動かない」
今度、礼韻は右に体を向ける。涼香も従った。
「南宮山に陣取る吉川、毛利、安国寺、長束、長曾我部がここで総攻撃をすれば、西軍は一気に勝利へと進んでいっただろう。吉川が戦巧者、毛利が大軍団で、東軍は対峙させている池田、浅野、山内、有馬では抑えられず、切り札の三河軍団の何割かを充てざるを得ないからだ。
しかし南宮山はすべて吉川が仕切っていて、その吉川は東軍に寝返って静観を決め込んでいる。毛利も長束もある程度吉川の気を察していて、強く催促をしない。安国寺くらいは、多少怒気を見せて抗議しているだろうがな。とにかくあの南宮山は張り子の山だ。3万に近い兵がいるが、三成の味方は皆無だ」
涼香は、礼韻の声に、しだいに生気がなくなるのを感じた。
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