第5章 三成を取り巻く男たち (3)

 三成の陣営は、戦いを優勢に進めていた。


 これは、いくつかの好条件が重なっていることが要因だった。


 まず、地形の問題があった。三成陣の前が狭く、いっぺんに大量の兵を突撃させられない。どうしても送り込むのに隊列が縦長になり、受け立つ島左近や蒲生郷舎が戦いやすくなる。どんなに武技に優れた武将であっても、八方から襲われれば、それはもう対処できない。しかし正面から来るのであれば順番に相手をしていけばいいのだから、人数に不利があっても対応できる。


 そしてもう一つは、三成の立場がある。総大将とはいえ、三成は「長」ではなくまとめ役だ。その後のことなど考えず、この一戦のみに勝利することだけを考えればいい。


 東軍の総大将、家康はそうはいかない。合戦を勝利した後の、大名たちの人心掌握を考えながら戦わなければならない。だから有力大名が連携を怠り、そのために不利に陥ることなど分かってはいたが、そうせざるを得なかったのだ。


 この戦いに勝つことだけを考えれば、自身の直臣である本多忠勝、井伊直政を中心とし、3万の三河軍団を中心として一気に攻めこむのが最善策だった。それならば、やたら戦功を求めることなく、徳川軍の勝利のために必要とあれば喜んで犠牲となり、連携プレーでばらばらな西軍を突き崩していただろう。古くより三河軍は他軍が驚くほど主君に従順だった。直近で徳川軍に付いた諸将は脇役として、単に西軍への睨みを利かす程度に使えばいいだけのことだ。しかしその後の政権運営が念頭にある家康には、そうできなかった。適当に扱ってしまうと、豊臣から寝返った諸将の機嫌を損ねてしまうからだ。せっかく勝利をおさめても、不満分子を多く抱えてしまう。中からは合戦も辞さないと思う武将が出てくることも考えられ、それを中心に反徳川派が育ってしまう。そうなれば徳川政権は弱体化する。関ヶ原後は争いをなくしたい。だからここは、たとえ不利に陥ると分かっていても、福島、黒田、細川など寝返った武将たちに、お前たちに任せたぞという態度を取り、勝利後に、徳川政権のためによく戦ってくれたと、褒め称えなければならない。


 このような条件が、三成陣営を筆頭として、西軍全般を優勢にしていた。


「今、家康は歯がゆく、居てもたってもいられない気分だろう」


 独り言のように家康の心境を語りながら、礼韻は言葉の最後に、ニヤリと笑った。


「三成は逆に、表情が明るいに違いない。この合戦の前から胃腸の調子を大きく崩していて、合戦に入ってからも痛みで呻いていたはずなのに、このいっときは痛みなど吹き飛んでいることだろう」


「皮肉なものね」


「あぁ。今この瞬間、ほとんどの武将は家康ではなく三成のことを考えている。吉川、小早川はやはり寝返らずに西軍として戦った方が得策だろうかと思案し、小西や宇喜田は案外やるものだと三成を評価しなおしている。三成の言動に不貞腐れて傍観している島津だって、驚いていることだろう。東軍諸将と家康は、手ごわい光成にさらなる憎しみを増幅している。この一瞬だけは三成こそが世の中の中心なのだ。皆が、三成の気持ちを、判断を、動きを、注視している。三成の40年の人生の、最後の、光り輝く瞬間なんだ」


 礼韻は直立し、笹尾山を指さしながら、言った。

 


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