第5章 三成を取り巻く男たち (2)

 轟音は、大谷吉継の向こう、西軍最北部の三成陣営から発せられた。


 三成が大砲を撃ったのだ。


 三成陣には多くの武将が押し寄せていた。元々が三成憎しということで家康に付いた者たちだったし、また三成の首を取ることがいちばんの手柄にもなる。だから黒田長政、細川忠興など有力武将が我先にと向かっていたし、田中吉政、筒井定次、加藤嘉明といったところも続いていた。


 彼らは三成の前に立ちはだかる島左近、蒲生郷舎などに手を焼き、攻めあぐねて小康状態のところを撃たれた。大砲はこの時代、まだ一般的な武器とまではなってなく、先見の明を持つ光成が特別に5砲だけ作らせたものだった。大玉も炸裂するものでなく、飛距離も短い。稚拙なものだった。それでも当時としては最新鋭の大量破壊兵器だ。


 押し寄せていたところに撃ち込まれた東軍は混乱状態となった。大玉に当たった者はほとんどいなかったが、一緒に放たれた石礫いしつぶての雨に慌てふためいた。「武」の技量など持ち合わせていない、単なる「文」の男と見られ、いざ合戦となれば役立たずであろうと見くびられていた三成の、会心の反撃だった。


 この攻撃で、さらに西軍の優勢が広がった。三成を愛する礼韻は歓喜で体を震わせていた。


「いいぞ。その明敏な頭脳で、力のみを誇示する低能どもを蹴散らせてやれ」


 いかにも礼韻らしい科白だと、涼香は笑いをかみ殺した。


「なかなか見つからない」


 ため息とともに、優丸ひろまが言った。礼韻のつぶやきと繋がらない言葉に、涼香はなんのことか分からなかった。ところが礼韻は意味を理解しているようで、唸りながら深く頷いた。涼香はなんのことかと、また礼韻の肩を叩いた。


「舞兵庫をな、捜してもらっているんだ」


 涼香がハッと息を呑んだ。三成の家臣である舞兵庫もまた、涼香が興味を持つ武人だった。


「うぅん……」


 優丸は唸りながら、遠眼鏡を細かく動かしていた。松尾山の南側にいる涼香たちには、天満山の宇喜田軍くらいならともかく、最も北方の笹尾山までは見えないのだ。


 舞兵庫を見つけてほしい。そう願いながら、涼香は優丸に視線を送っていた。本名を使わず、出生が不明で没年齢も不明という謎多き武将、舞兵庫。涼香は特に見たい武将の一人だった。


 そこで涼香は、ポッと一つの疑念がわいた。そういえば、と思う。さっきの明石全登といい舞兵庫といい、なぜ優丸は、礼韻の捜してほしい者が分かっているのだろう、と。まるで礼韻の願望を先行するかのような動きをしているのだ。


 ここに居着いてから、礼韻と優丸はほとんど言葉を交わしていない。全登も舞兵庫も、当然その少ない会話に含まれていない。なのに優丸は礼韻の目となって捜している。

 

 あるいはここに居着く前から、すでに打ち合わせ済みなのだろうか。


 涼香はさらに、礼韻が何度か言ったことのある、優丸についての不思議な評を思い出した。それは、「おれと優丸は、言葉を交わさなくても意思の疎通ができる、拈華微笑の間柄なんだ」という、とてもまともとは言えない言葉だった。


 校内に1人の友達も作らなかった礼韻だが、1年前に転校してきた優丸とはすぐに親しくなった。人嫌いの礼韻を知る涼香には、まったく首を傾げるような素早い接近だった。その意外な関係を不思議に思い、涼香が聞いたときに礼韻が答えたのだ。


 最初にその言葉を聞いたとき、またていよくからかわれたのだと思った。しかし礼韻、優丸と3人で過ごす時間が増えるうち、あながち冗談ではないのかもしれないと思ってきた。優丸が、礼韻と言葉を交わさないのに、礼韻の気持ちに沿った行動をすることがたびたびあったからだ。


「舞兵庫はおそらく戦線に出ていないな」


「そう、か……」


 優丸と礼韻が遠眼鏡をはずし、涼香の頭越しに話し合った。


「戦闘は島と蒲生に任せて、自身は三成の周囲を固めているのだろう」


「なるほどな。まぁ徳川の三河軍団に及ばないにしても、三成にも周囲を守る者が必要だろうからな。舞兵庫が付いていれば島左近も率先して前へ出られるというものだろう」


 礼韻は涼香に向かって言うと、再び遠眼鏡を当てて前方を見た。そして低く呟いた。


「しかしこんなに早いうちに大砲を使っていたとはな。次々発見がある」

 


 

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