第4章 火蓋 (8)

 退く福島隊を、宇喜田の軍勢が追いだす。


 全軍で本腰を入れて追うかどうか、宇喜田隊はしばらく迷った。その少しの間が、福島隊を救った。おそらくは宇喜田隊が躊躇することなく追っていれば、劣勢に立たされていた福島隊は壊滅していたかもしれない。


 そのわずかな間がおおきく役立つほどの、福島隊の素早い撤退だった。なにしろ情勢は捗々はかばかしくなく、戦場の武人たちは一旦退却する一手と容易に読んでいた。それが、将の感情的な突っぱねで退けず、不利な闘いを強いられていた。その将が負傷し、一転して撤退の方針が取られた。ようやく退けるということで、皮肉なことにここで初めて福島隊は意思が統一され、連携がかみ合うことになった。その撤退は左手一本で手綱を取る正則を頭とし、殿の可児才蔵まで迅速だった。


 宇喜田隊が追い付こうとするところに、伸びた列の横っ腹に北から筒井隊、加藤嘉明隊が襲いかかった。これでさらに、福島隊に水を空けられてしまう。この助太刀を予測していたので、追うかどうか迷っていたのだ。全登は相手の援軍を見るや、すぐさま深追いをやめ、隊を縮めて退いた。


「息をするのも困難だな」


 礼韻が正面を見据えたまま、切れ切れに言う。まさに息詰まる熱戦が、眼下に広がっていた。


 宇喜田隊は撤退も整然としていた。秀家のいる天満山には人の出入りも多く、伝令がうまく機能しているようだった。涼香はこれまで、宇喜田秀家という武将にはさほどの興味を持たなかったが、この戦いを見ることでそれが変わった。礼韻がしばらく前、宇喜田に注目していろと何度か言ってきたが、その意味がここで分かった。


 そういえば、と涼香はひとつのことを思いだした。それは礼韻の口から出る、珍しく聞く軽い冗談だった。時間越えのスケジュールが決定されたあと、薄く笑いながら言ったものだった。


「もし西軍の武将でバンドを組んだなら、どんな編成になると思う?」


 あまりに唐突な問いに、涼香は言葉が出なかった。相手の唖然とする様子など気にもかけず、礼韻はすかさず続けた。


「ヴォーカルは宇喜田秀家だ。いかにもフロントマンという人物だからな。ギターは三成、ベースは小西行長、で、ドラムは大谷吉継だな。どうだ、なんとなく雰囲気は出ているだろ。バカらしいか。おれだって、バカらしいこと言うこともあるんだ」


 そして自分自身でクスクス笑っていた。


 その最後に名前のあがった大谷吉継は、宇喜田の先で、藤堂、京極と激闘していた。

 

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