第4章 火蓋 (5)
「明石全登!」
涼香が返した。宇喜田家の武の才人、全登。それならばどうしても見たい。涼香は自分用の遠眼鏡をつかみ、礼韻と優丸が見ているであろう場所を、2人の遠眼鏡の角度から探った。
みてくれこそ戦国時代の遠眼鏡だが、真実は平成の高性能な望遠鏡だ。見渡すうちに、馬の死体が重なる先のひょろ長い木はなんなく見つかった。そして涼香は、その奥の鉄砲隊を指揮する武将に目を付けた。顔など知らなかったが、堂々とした振舞いは全登に間違いなかった。
涼香のとなりで、礼韻が「さすが」と発した。そう呟いてしまうほど、明石全登は巧みだった。自らが囮となり、敵を挑発して鉄砲隊へと近付かせる。そして一斉に射撃をさせ、大打撃を与える。それを繰り返していた。見事な指揮官振りだった。宇喜田家に仕える身でありながら、秀吉の直臣にもなった男。その卓越した動きは、400歳ほど齢のはなれた歴史マニアを魅了した。
そしてまた、全登がより引き立ってしまうような、福島隊の混乱した動きだった。前進することを奨励されるだけに、鉄砲隊の罠に易々と近付いていってしまう。馬を撃たれて徒士となり、無謀にも敵に向かっていく者もいた。
劣勢の軍勢で一人喚きながら動き回っているのが、福島正則のようだった。涼香は遠眼鏡をそちらに移した。
一騎、その正則に言い寄る者がいた。正則は手で払ったが、諦めずに何かを伝えている。すると正則は刀を抜いてその者の首をはねてしまった。
涼香は息が止まった。首のない胴は数秒ふらついたのち、どさりと落ちた。背を赤く染めた馬は走り去った。
涼香は涙が伝い、止まらなかった。おそらくは撤退を提案したのではないか。そして気に入らないことをくどく言う家来を、煩わしくて一撃入れたのだろう。
「これでは全滅へまっしぐらだな。猪武者が……」
礼韻もそれを見ていて、しかしこちらは声の震えもなく低音で放った。
福島正則はこれで気を昂らせたのか、前線まで突っ走って激を飛ばしまわる。いさめる者がいたが、怒鳴って追い払った。
いつの間にか全登の隊が正則の動く前線に寄っていた。そして号令の下、発砲した。
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