第4章 火蓋 (4)
西軍最多である1万7千の兵を抱える大所帯にもかかわらず、宇喜田隊の連携は見事なものだった。鉄砲隊が相手を混乱させてから槍が出るので、効果的で犠牲も少ない。対して福島隊は、先隊、中隊、後隊の区別すら付きづらいほどに混乱している。
宇喜田家は関ヶ原の前年に、お家騒動があったばかりだった。内部分裂し、少なくない数の家臣が家を去った。
本来であれば、秀吉が世を去った混乱期にお家騒動が起こって兵数が減れば、大きな痛手となる。ましてや、去った家臣を拾ったのが、秀家の嫌う家康であったので尚更ダメージの感が強い。だが、現実にはこの一件が兵力の強化へとつながった。異分子が取り除かれたことにより、意思の統一がうまくいき、連携も取りやすくなった。結果、この日の大善戦へとつながっている。
一方東軍は前に並ぶ武将が、直前に家康にすり寄ってきた旧豊臣家臣とくる。それぞれが実績、実力充分なものの、連携を嫌って個々に動く。野球に例えれば、送りバントも盗塁も、投手を疲れさせるカウント稼ぎも一切せず、ただただ1番打者から9番打者までひたすらホームランを狙い、大振りしまくる。これでは投手に体よくかわされ、たとえ実力通りの一発が出たとしてもソロの1点どまりで効果が薄い。せっかく持っている力を非効率に使って、相手を調子付かせているのだ。
涼香は顔を心持ち上げ、天満山を見た。今この時点で最も笑っているのは、その山肌にいる宇喜田秀家に違いない。この一戦に勝てば、天下が転がり込んでくる可能性が大きいからだ。
西軍の総大将は石田三成だが、これは監督でなく監督代理のヘッドコーチだ。勝っても自身の胴上げは断り、胴上げの順番をコーディネイトしなければならない存在だ。そんな総大将であれば、秀家は思うままに要望を突き付けられる。実際兵数も石高も領地も勝っているのだし、開戦前の軍議でも秀家の方が上座だった。
毛利秀元、吉川広家ら毛利家は一発の銃弾も撃たず傍観していたので、こと、この一戦に関してはなんら発言できる立場にない。小早川など頭の回らない小僧で、ものの数でもない。順に指を折っていけば、勝利後に秀家に並ぶものなど、いようはずもない。
「あの、ひょろっと一本だけ高い木だ。分かるか?」
無口な優丸が言葉を発したことで、驚いた涼香がビクッと全身を震わせた。左に顔を向けると、遠眼鏡を目に当て、指をさしていた。
「手前に馬の死体が重なっているところか?」
礼韻が、優丸の指さすところを測りながら遠眼鏡を当て、長く唸ったあと、言った。
「あぁ、そうだ。その奥の鉄砲隊だ」
「よく見つけてくれた。優丸、ありがとう」
2人のやり取りが涼香には分からず、右に左にと、何度か首を向けた。
しかし礼韻も優丸も黙って遠眼鏡を押し付けている。
「ねぇ、何を見つけたの?」
気になり、たまらず礼韻の肩を叩いた。
「明石全登」
顔を向けることなく、礼韻が切るような早口で言った。
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