第4章 火蓋 (3)

「押されてるな。劣勢だ」


 礼韻のつぶやきに涼香がハッと目を開け、土嚢から乗り出す。歴史マニアの側面が、反射的に罪の意識を押しのけてしまっていた。


 礼韻の言葉に説明は要らなかった。眼下ではまさに今、福島隊が宇喜田隊に押し込まれている。


 それは史実で知っているものの、やはり違和感を持つ光景だった。東西の陣営をおおざっぱに分けると、東の武断派に、西の文治派となる。東軍のほとんどは戦場で功績を持ち、西軍は書類仕事に光る実績を持つ。東軍が押して当然というイメージが払拭できない。


 東軍全体が押し込まれている。この苦戦は福島隊によるところが大きい。戦に絶対の自信を持ち、家臣にも可児才蔵など武功者を抱えている。ましてや家康から一番隊を授かっている。宇喜田勢に兵数こそ劣るものの、当然押すであろうと周囲は見ていた。それが、陣形は崩れ、後退を余儀なくされている。その思わぬ先鋒の劣勢が、他の軍にも波及しているのだ。


 福島隊は攻撃を仕掛けた方なので、撤退のスペースは広い。また、川中島の武田対上杉のような個別の軍団同士の対決でないので、退くことが敵の怒涛の攻めに繋がらない。味方の揃う、安全かつ鉄壁な陣地に戻ればいいだけの話だ。冷静な目で見れば、いったん退却し、態勢を立て直して再戦するのが得策だ。


 だが、福島正則という武将の性格がそれをさせない。攻撃一本の性格で、退く者は罰すると退路を塞いでしまっている。劣勢時のセオリーと逆の行動を取ってしまい、苦しさに輪をかけている。


 歴史は勝者を讃するので、関ヶ原は西軍がバラバラだったから負けるべくして負けたのだと評される。しかしそれはあとからの都合いい理由付けだ。端から結果が見えているほど力量差が段違いであれば、西軍に加担する者がなく、そもそも決戦とはならない。光成への友情から参戦した大谷吉継は別として、西軍の有力部隊である宇喜田や小西、島津などは、勝機があり、そして勝って利を得るという算段があるから加わったのだ。


 西軍は、家康の調略と三成の横柄さによって、たしかに内部はバラバラだった。勝ちにくいことも事実だ。しかしもし勝てば、参戦が少ないだけに利の分け前は多く期待できた。逆に東軍は多勢で勝ちやすいが、多勢の分、余程印象的な活躍をしないと利が降ってこない。福島正則がどうしても退けないのは、その性格もあるだろうが、利を他の武将に持っていかれてしまうからだった。この合戦後の徳川政権で優位をつかむには、ここで戦果をあげる必要があった。だから助勢すら嫌うという意地の張りようだった。


 土嚢を乗り出す3人に、声はなかった。じっと見つめるばかり。それほどの、眼下の迫力だった。

 


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