第4章 火蓋 (2)

 合戦の開始と時を同じくして、風が出て靄が薄れてきた。


 その白いカーテンが切れる狭間狭間で、蟻ほどにも満たない大きさの武将たちが、野山を蠢いている。相対する軍団がぐっと近づき、その前方が重なり、それと同時に地鳴りを思わせる喚き声がより大きく響いた。


 涼香はわけ知らず、男たちの声に心揺さぶられ、頬に涙が伝ってきた。


 これまでの人生で聞いたことのない、断末魔を思わせる声の塊だった。礼韻が気づき、人差し指でその涙をすくった。


 礼韻が低く言う。あれが命の火が消える直前の人間の声なのだ、と。切迫した状況に追い込まれた、ほぼ破れかぶれとなった人間の喚き声。だから聞く者は心を揺さぶられる。自分たちの生活する平成の日本では、聞くことのできない声だ。


 涼香が顔を向けると、礼韻の目も潤っていた。知らずに涙がにじみ出る。そんな感じだった。


「おれたちの世界では考えられない、あの戦う者たちの声。逃れられないところに置かれ、否も応もなく、生き延びるか死ぬかという選択を迫られる。この時代はそうなのだ。

 

 「個」などない時代。「集団」という観念しかない時代。命など、自分自身では何ひとつ守る手立てがない。生き延びることができるかどうかは、自身の所属する集団が勝ったときだけ。ただそれしかない。殺生与奪は、自分のいる集団如何いかんだ。だからそれぞれが単なる駒となっているにもかかわらず、がむしゃらに戦うしかない」


 礼韻の言葉を聞きながら、涼香は涙が止まらなかった。自分たちの生きる世からすれば、あまりにかわいそうすぎる。一生、周囲の環境に翻弄ほんろうされて生きなければならない。


 再び、ゆっくりと礼韻が話しだす。


「また、命を落とさないまでも、傷を負ったり、もしくは相手の命を奪ったりと、生き伸びたとしても、このいっときを境に、自分が大きく変わることになる。この時代は医療もあってないかの如くで、傷を負えば治る可能性は薄く、生涯不便を強いられることも多い。ましてや体が資本の世の中なので、体に難のある者はみじめな一生を送ることになる。あの野原を駆け巡っている男たちは、そうなる瀬戸際に立たされているのだ」


 涼香は、まるで野球観戦かのように緑の大地を見おろしていることが、とても罪深く感じてギュッと目を閉じた。

 


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