第2章 黎明の布陣(2)
風が靄を流し、土塁の端に立つ優丸が見えた。
近づき、目の前に立ち、しばらく視線を合わせていた。
その間、優丸に言葉はまったくない。ただ見つめているだけ。怖いくらいに無口な男なのだ。涼香も、危険を承知で礼韻の時間旅行に付き合うくらいなので負けず劣らずの戦国武将マニアだが、優丸の口の重さにはいつも上杉景勝を連想してしまう。礼韻の方は石田三成だ。
そこで、ハッと気づく。この2人の武将は関ヶ原の合戦の仕掛け人であり、そして負けた武将でもある。偶然とはいえ同行者をその2人に当てはめるなど、この時間旅行に不吉なものを感じた。
涼香は優丸から離れ、荷袋からあらかじめ汚してある布を取り出し、首を覆った。スッと横に礼韻が並び、それでいいというように、頷いた。
土塁に背をもたせ、3人でコーヒーを回し飲みする。不意に礼韻がクックッと笑い出した。
「この時代にコーヒーを飲んでるなんて、おれたちくらいなもんだぜ。なぁ、これが笑われずにいられるか!」
徐々に大きくなる笑い声に、涼香が心配になり注意する。しかし礼韻は気にも留めない。
「大丈夫だ。家康はまだこの決戦前夜、桃配山に着いていない。深夜の行軍で懸命に向かっているはずだ。総大将がそんなくらいだから、部下たちもまだどこに陣取るかで躍起になっているところだ。声なんか気にできるような状況じゃないんだ」
「でも西軍は深夜までに配置が済んでるわ。それに私たちは西軍の方に近いところにいるのよ」
涼香が反発する。
「どうかな、まだ落ち着いてまではいないはずだ。いきなり小早川軍が松尾山まで出てきたから、混乱していることだろう」
関ヶ原は家康の勝利で終わり、のちに江戸幕府が作られる。史実を知った後世の人間であれば、徳川の東軍が終始優勢に進めていたかのように思ってしまうが、実際は石田の西軍が有利に戦いを進めていた。逆転劇は西軍の大勢力、小早川軍の寝返りから起こることだった。
その小早川軍の裏切る瞬間を見るのが、礼韻のいちばんの目的だった。だからこの土塁は、今、小早川軍の陣取っている松尾山に向けて盛ってあった。
「この、ほんの少し先に小早川秀秋がいると思うと……」
土塁の先の闇を見つめながら、礼韻は言葉が続かず、かわりに大きく唾を飲み込んだ。興奮から、カップを持つ手が震えていた。
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