第2章 黎明の布陣

第2章 黎明の布陣(1)

 礼韻レイン優丸ひろまの男2人は土を掘り、盛り、見学に都合のよい土塁を築いていく。彼らの住む21世紀から硬質のシャベルを持ってきていたが、深更、ましてや音のない時代のこと、音が響かないようゆっくり慎重に掘っていく。


 関ヶ原の合戦が起こるのは早朝からで、まだ闇が支配するこの時間はそれぞれの軍が布陣を敷いている段階だ。2時間ほどの余裕があり、急ぐ必要などなかった。


 小石を取り除いていた涼香すずかの姿がなく、気付いた礼韻が靄をかき分けて大木に向かう。


 思ったとおり、若武者の前に涼香がいた。麻縄が食い込み、血が滲んでいる二の腕に布を咬ませてやっている。


「おう人道者、いいことしてるな」


 涼香のとなりにしゃがんで、礼韻が小声で言う。薄笑いが、涼香の行為に対する気持ちを表している。


「この人たち……」


 涼香が礼韻に体を向け、つぶやくように言う。


「心配するな。おれたちは一日でこの時代を去る。その直前に、縄に傷をつけておく。3人で力めば、切れるか緩むかするはずだ。縄さえほどければ、こいつらは勝った側の連中だから、お咎めなんてないだろう。まさか自分たちから、縛られて眠っていたなんて報告するはずないからな」


 自分たちの単なるレジャーのために男3人の人生を狂わせるのではと、涼香は心配していた。この礼韻の言葉で、ホッと小さくため息を吐いた。冷酷非道な振舞いと言動ばかりの礼韻だが、不思議とその行動に、人への配慮がされている。それに振り回されるたび、この尊大な男に対する憎しみが増す。


「よかった」


 涼香は立ち上がった。少しの間をおいて礼韻も続き、立ちあがりざま、涼香の内股に右手を這わせ、両足のあいだまで上がると、親指の付け根を強く押し付けながら引き抜いた。


「うっ……」

 

 反射的に一歩前によろめき、まばたきも止まる。すぐさま口を結んで強く睨みつけたが、狼狽を見せた後のそれが傲慢な男に効き目があるなど、涼香自身でさえ思えなかった。


 礼韻はゆっくりと、腕組みをした。


「人の心配するより自分のことをちゃんとしろ。お前、首筋が見えるぞ。この時代は男色も盛んだから、男の格好をしてるからって安心するな。白くてやわっこい肌がちらついてたらこの時代の武将は犯しに来るぞ。隠せ。現実の世界に戻ったあと、4世紀前の子種を宿していたなんてシャレにならないだろ」


 涼香は睨み続けている。しかしその注意は頷けるもので、軽くあしらわれた恨みはあるものの、納得せざるを得ない。中退が決まっているとはいえ、礼韻は高校生だ。それがここまで隙のない行動を取れることに、いつも涼香は驚かされる。言い返す言葉が見つからず、代わりに振り向いて土塁へと戻っていった。

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