第1章 すり替わり(3)

「すごい靄で分からなくてな、探したぞ」


 息を切らせて言いながら、若武者が肩に手をかけてくる。


 3人目だな、と男は思う。ここの見張りが3人だということは調査済みだった。いや、むしろ3人だからこそ、この場所の足軽を襲うことに決めたのだ。


 男は立ち上がると、3人目の若武者に握り飯を突き付けた。


「疲れたろ。食え」


 唐突な行為に驚きながらも、伝達に走って疲れていた若武者は受け取ってほおばった。闇と靄が、入れ替わっていることを気付かせない。


 すぐに若武者は倒れた。握り飯の中には眠りに導くカプセルが入っていて、飲み込むと同時に効き目が現れたのだ。


2人で大木まで引っ張り、縛る。


「おい涼香すずか、いいぞ」


 木の上に向かって男が低く言い、女が飛び降りてきた。


 女はすでに足軽の姿で、体は胴丸、顔は面頬とほうろくで覆っているので、女だとは分からない。


「すり替わりの完了だ。あいつらは目を覚まさない。半日過ぎたら、またカプセルを口に放り込んでやる」


「この天候で助かったわね」


 女の一言に、男はフンと鼻を鳴らす。


「これくらいの芸当、晴れていようがこなせるに決まっている。それに関ヶ原の戦いが終始悪天候だってことは、その後に生きる人間からすれば当たり前のことだ」


 男の傲慢な言い方に、涼香は慣れてしまって腹が立たない。礼韻レインというこの人間は、自分にできないことなどないという考えを持っている。涼香はこれまでの付き合いで、そう認識していた。


 そんな男だけに、礼韻は何事も平然とこなしてしまう。知識を要するものも、技術を要するものも。才人なのだ。だから3人の足軽をそつなく眠らせたことは、まったく驚かなかった。むしろ相方の優丸ひろまが礼韻の迅速さに合わせて行動していたことに、驚きがあった。


「やるわね、あなた」


 涼香が言うと、優丸はフッと薄く笑った。しかしその短い反応の中に、礼韻のような見下す気配はなかった。


「とにかくセッティング完了だ。迎えの来る明日の晩まで、予定通り関ヶ原の合戦見学に耽ろうじゃないか」


 礼韻が槍を拾いながら言った。


「この時代、武器を持っていないのじゃ訝しがられるぞ。ほら」


 礼韻に渡され、優丸と涼香が槍を持つ。叩くのが本来の使用法なので、見た目よりもずしりと重い。もしも何かあったとき、こんなものを振り回せるものだろうかと、涼香は不安になった。


「あっちが松尾山だな」


 礼韻が槍の先を向ける。2人がその先を、目で追う。


 21世紀から来た3人は、西暦1600年10月20日未明、松尾山を望む小山の雑木林で東軍の衣装を纏い、立っていた。

 

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