オトモダチ

「ねえ、おねえちゃまったら!」


 考え事をしていたら、レンカに腕を引っ張られた。


「な、何!?」

「……まじょに気をつけてね!」


 レンカは大きな瞳を見開いて、私を見上げて唐突に言った。


「え、マジョ? ……魔女!?」


 突拍子もない事を言い出すのは、毎度の事だが……いつも驚いてしまう。


だよぉ!

 カリユアーネはね、こわいかおでブツブツじゅもんをとなえるの」


 子供の柔軟な空想力は、どこまでもどこまでも広い。

 その広い広い空想力で創り出された独特とした世界は、自由すぎて理解しきれない。とりあえず、私は彼女に合わせる事にした。


「そっか、悪い魔女なんだ」

「ちがうよー! カリユアーネは、とぉっても、カワイソウなの!

 ノロイのせいで、こわいまじょになっちゃったんだよ!

 ホントは、きれいなおひめさまなんだからぁ!!」

「あ……そうなの」


 駄目だ、ついてけない。

 口に浮かべた作り笑いは絶対、引き攣っている事だろう。


「大丈夫だ、レンカ」


 ずっと黙っていたアルファが優しい声音で言った。


「もう魔女は、いない」

「ほ、本当に?」

「あぁ」

「じゃあ、レンの大好きな、おねえちゃま達だけ?」


 アルファが深く頷くとレンカは弾けるような笑顔を見せた。

 私は、美しいビスクドールを見た。微笑みを浮かべる彼は、とても綺麗で……どこか儚い雰囲気を纏っていた。私は妹と人形を交互に見ていた。

 レンカの言葉を聞いて気になったのは『おねえちゃま達』という部分。

 つまり、彼女の他にも……姉か妹なのか、わからないけれども……忘れてしまった家族がいるということが推測出来た。


「そういえば、アルファもけっこんのやくそくをしたんでしょ?」

「えっ? !?」


 上機嫌になった妹からの爆弾発言に、私は思わず声を上げていた。

 アルファは視線を上下左右に彷徨わせ、声を震わせて応えた。


「アレは、あいつがレンカよりも幼い頃に交わした……他愛もない約束だ。

 それにあいつには、今ではちゃんと人間の恋人が出来た事はレンカも」


 そこまで喋ったアルファは私と目が合った瞬間、口を噤んでしまった。

 口走ってしまったことを後悔している表情だった。


「……? どうかしましたか?」

「何でもねえよ」

「アルファ、あいつって……誰のことですか?」

「教えねえ」

「……あっ、もしかして、私の記憶に関する事でしょうか?」

「ゴチャゴチャうるせえな!」


 アルファは、レンカに見せた表情とは正反対の怖い形相で怒鳴った。


「ご、ごめんなさい!」

「いや…………くそが」


 アルファは短く舌打ちを繰り返すと、私に背を向けた。

 彼との間に出来ている深すぎる溝は、もう埋められないのか?

 一体、私は何をして、ここまで嫌われてしまったのだろう?

 その記憶も、取り戻さなければならないのだろうか……。


「それで……いつまで此処で遊んでいるつもりだ?」


 アルファは、ぶっきらぼうに言った。

 そうだ。他にもいるらしい家族の記憶を、取り戻さなければ。


「ごめんなさい、レンカ。私……いかないと」

「えっ……せっかく遊べると思ったのにぃ……」

「本当にごめんなさい」

「どこいくの?」

「ええと……やらなければならない事があるの」


 私の言葉に、納得してくれたのかレンカは涙目になりながらも、頷いた。

 また一人遊びさせてしまうのは気が引けるが……仕方ない。

 私は、ゆっくりと立ち上がって、部屋を出ようとした。


「マリおねえちゃま!」


 レンカは振り返った私にいきなり、柔らかい物を私の手に押しつけて来た。


「ええっ!? ぬ、ぬいぐるみ……?」

「ウサギの〝ミュー〟とクマの〝ニュー〟だよ。レンの友達だよ!」


 屈託なく笑うと彼女の無邪気さが数倍増しになる。


「おねえちゃまの手助けをしてくれるから、連れていってね!」

「あ、ありがとう……」


 人形やぬいぐるみの名前は、ギリシャ文字から名付けられているようだ。

 1番最初の文字〝αアルファ〟……12番目の〝μミュー〟……13番目の〝νニュー〟……。


「可愛いわね」


 柔らかい素材で作られたぬいぐるみは、肌触りも良く可愛らしい。

 ふと、視界の端にアルファが見えた。横目で私を睨んでいる。

 アルファの話では私は人形やぬいぐるみは、あまり好きではなかったらしい。でも可愛らしいと思うし……アルファだって、素敵なお人形だと思う。

 記憶を無くしているせいなのか、何だか自分自身じゃないような気がした。


「やったぁ~……カワイイってぇ、言ってくれたよぉ~……!」


 私の腕の中にいたクマが、嬉しそうに両手を動かした。


「きゃああっ!?!?」


 思わず、放り出してしまう。

 すると、ウザギのぬいぐるみがこちらを見上げて来た。


「オマエ! ニューニナニスンダヨ!」


 声が異様に甲高く、物凄い早い口調で言われたので、一瞬、何を言われたのかわからなかった。


「いいよぉ~……ミューぅ~……ボクはぁ~、気にしてないぃ~……」

「ウチハキニスルンダ! ドウカンガエタッテコイツワルイダロ!」

「でもさぁ~……やっぱりぃ~……」

「ナンダヨ!? イイタイコトガアルンダッタラハッキリイエヨ!」

「あぁ~……うぅ~……んぅ~……」

「アーモウ!! コンナンダカラダメナンジャナイカ!!」


 話す速度が真逆の二人……でも会話は成立していた。


「いい加減にしろよ、お前ら」


 見かねたビスクドールが、ぬいぐるみの間に入る。

 こう見ると改めて思う。不思議な光景だ。


「落ち着け、呆然としているだろうが」


 クマとウサギがこちらを向いて、気まずそうに俯いた。


「レンカ……こいつらをどうしろと?」

「一緒に連れて行ってあげてよ! ねっ?」


 ニコニコ顔のレンカにアルファは苦笑した。

 断る理由はない。私は二つのぬいぐるみを抱えた。


「よろしくねぇ~……」

「タイセツニアツカエヨ!!」


 無邪気な笑顔を浮かべたレンカに見送られて、私とアルファは彼女の部屋を後にした。可愛らしい同行者を引き連れて……。

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