オママゴト
「マリカ!!」
微かに聞こえた、アルファの力強い声。
人形が目の前に立っていた。その顔は険しい顔をしていた。
「落ち着け、マリカ! これも奴の嫌がらせだ。
こいつらは、ただのぬいぐるみだよ! 何もできやしない!」
「でも、こっちを見て……私に向かって話して……!」
「マリカ!! いいか、よく聞けよ!
さっきも言ったけれど、そう簡単に諦めるんじゃねえ!
諦めたら、永久に此処に閉じ込められるんだからな!?
マリカが必死に帰りたいと思うのと同じく……いや、それ以上に奴はマリカに真実を知って欲しくなくて、とことん邪魔して来る。泣かせたり、怖がらせたりして諦めさせようとしてくる。それに負けんじゃねえ!!
帰りたいんだろ? 現実の世界に! 帰りたいんだったら、逃げるな!」
再びアルファに厳しく叱咤され、私は冷静を取り戻した。
私は、絶対に帰る。全てを思い出して帰るんだ……!
じっと見てくる、ぬいぐる達を無視して、部屋の捜索をした。
本棚には、私も読んだことがある児童書や絵本があった。
それに混じって、お絵かき用のスケッチブックがあった。
開いてみると、拙いながらも一生懸命にクレヨンで書かれた絵があった。
笑顔の女の子を囲むのは、クマ・ウサギ・イヌ・ネコ……沢山の動物達。
そして満開の花。絵に描かれているのは、美しい森の花畑なんだ。
微笑ましい絵を、つい次々と見てしまう。
色とりどりの貝殻や珊瑚がある美しい海で、魚や人魚と遊泳する絵。
白い雲が浮かぶ青い大空で、大きな翼がある鳥や天使と一緒に飛行する絵。
ファンタジックで夢いっぱいの絵。
「見て、可愛い絵。とっても上手だわ」
「……あぁ」
絵を見せると、アルファは頷いて肯定した。
スケッチブックの中間辺りになると、余白部分に文字が掛かれていた。
絵が主役の日記だった。何故か一部、文字が塗りつぶされていた。
【今日は、■■姉さまと、おまま■とをして■そびました。
■■■さまともあそんで、■しかったです。またあそ■■■と思います。】
「――――妹? いもうと……そうだ! 私には、妹がいた!」
「はいはい。それで名前は?」
思い出す事が出来た喜びに浸る前に、アルファが訊ねてきた。
「な、名前!? そ、そうよね! えっと……!」
「思い出せないか?」
「必ず思い出す! えっと、えっと……」
「マリカの妹は……純真無垢で天真爛漫な、童話のお姫様に憧れている。部屋を見ればわかるだろうが、ぬいぐるみなど可愛いものが大好きなんだ」
「……思い出したわ! 妹の名前は、
思いがけないアルファからのヒントにより、名前を思い出す事が出来た。
まだ8歳の妹。ファンタジックの世界を本気で信じている年頃の女の子。
彼女の部屋の前を通ると、声音を変え、口調を変え、まるでたくさんの友逹と遊んでいるかのように振るまう一人芝居が……たびたび聞こえる。
無垢な彼女は汚れない笑顔で心を癒してくれる、家族のアイドル。
「――――おねえちゃまぁ!」
いきなり、背後から腰に両腕が巻き付いた。
「きゃああああ!?」
心臓が爆発したかと思うほど驚いた。おそるおそる首を動かし、抱きついた誰かを見てみた。
綿菓子のようにフワフワの桃色ドレスを着た、まるでお姫様のような少女。
その天真爛漫な笑顔を見た瞬間、ハッとした。とても愛らしい女の子だ。
「おねえちゃま、あそんで! あそんでよぉ!!」
右手を小さな両手で掴まれ、引っ張られる。
「あそんで! あそんで! おままごとで、あそんで!!」
ミルクチョコレート色をした、艶のある柔らかい髪の毛を可愛らしい桃色のリボンで飾りつけているツインテールの幼い少女。
「れ、蓮花……!?」
「おねえちゃま! マリおねえちゃま!」
レンカはいつも通り、無邪気な笑顔を浮かべた。
私は、足元で腕を組んでいるアルファに視線を向けた。
アルファを見て驚いた。
動き出す前に浮かべていた、優しい微笑みをレンカに向けている。
「……ねえ、アルファ。この蓮花は……?」
「マリカが思い出したから、姿が実体化しただけだ。本物じゃない。
マリカが創り出した《蓮花モドキ》だな」
「それじゃあ、アルファも……そうなの?」
「そうだよ? 何、当たり前の事を訊いてんだ?
現実世界でも人形は話すのか? 動くのか?」
「……そうよね」
私とアルファが話している時、再びレンカは抱きついてきた。
「マリおねえちゃま!」
「わあぁ!? な、何っ?」
「レン、おままごとしたいですぅ!
おままごと、いっしょに、してください!」
「おままごと!? う~んと……」
一瞬だけ躊躇してしまったが……レンカと遊ぶことで、記憶が甦るかもしれないと思いなおしてからは、すぐに頷いた。
「わかったわ、レンカ。一緒に遊びましょう」
「やったぁ!」
レンカは大きくてつぶらな瞳を輝かせて、手早く準備を始めた。
気付けば、ぬいぐるみ達は沈黙していた。
宝箱風のおもちゃ箱から、おままごと一式を取り出したレンカ。
「それじゃあね――――おねえちゃまは……レンの親友のエルメンドゥーサ!」
「え……!?」
「それでアルファは、レンの恋人役ね!」
「オレもやるのかよ!?」
「それじゃあ、おねえちゃまから。はい!」
「え、えっと……私の名前は、エルメンドゥーサよ」
彼女の望むように役割を演じる。恥ずかしさを抑えつけて、指示された名前を名乗る。口に出すと、長い上に言いにくい名前だった。
別の名前を提案しようかと思った時、いきなり少女が叫んだ。
「どうしてアルファといるの!? アルファは、ワタクシの恋人よ!?」
「ええっ!? 私は浮気相手なの!?」
まさかの設定に口があんぐりと開いた。
「どうしてよ!?」
少女は聞こえなかったかのように演技を続けた。
同じように続けろと、無言の圧力が掛かる。
「あの、その……ご、ごめんなさい」
アドリブなど出来ない私は、即座に謝罪した。
「謝って欲しくない! ワタクシは、理由を訊いてるの!」
「理由? そっ……それは」
……私は誰かの恋人を奪ったりなんて、そんな事は――――。
まさかの愛憎劇にたじろぎ、徐々に思考が真っ白になっていく。
気付けば言葉を失い、固まってしまった。
我に返ったのはアルファに肘で小突かれたのと、少女の愛らしいふくれっ面が目に入った時だった。
「もおっ! ちゃんとやってよ、おねえちゃま!」
「ご、ごめんなさい……あの、これ、やってて楽しい?」
「うん!!」
満面の笑みを浮かべたまま、きっぱりと断言されてしまい、私はただ苦笑いをするしかなかった。
「随分と早熟ね」
「いいや、純粋なだけだ。色恋沙汰なんて、知らない……どこまでも無垢だ」
傍で見ていただけで、結局一言も発しなかったアルファは、ゆっくりと首を横に振りつつ私の言葉を否定した。
「ここまでくると、無垢じゃなくて無知でしょう……」
妹に微笑み返しながら、私は心の中で想った。
こんなにも愛らしい妹を忘れていただなんて……我ながらどうかしていると思う。忘れているのは彼女だけなのだろうか? それとも――――?
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