分かっちゃったよ
「かんひゃひゅりゅ! ほへはふっほほひはっはほは!」
きちんとした言葉となっていないセリフを口にしながら、センランはほかほかの
「しゃべるなら食べてからにしなよ」
隣を歩くボクは苦笑しながら言う。
その包子の中には餡子がたっぷりと入っている。いわゆるアンマンという食べ物である。先ほど駄菓子屋で買ったものだ。
センランは口の中のものをこくんと飲み込むと、
「――感謝する。あのような店には立ち寄ったことがないゆえ、どうにも二の足を踏んでしまってな。キミが一緒に来てくれたおかげで、ようやくこれを買うことができた。ああ、なんたる美味!」
再び、包子を食べだすセンラン。その顔はまるで子供のように無邪気で、試合で見せていた武法士としての面影は無かった。
ボクは驚きで瞳を大きめに開き、尋ねた。
「駄菓子屋さんに入った事無いって……もしかして君って、凄いお嬢様だったりする?」
センランは肩を微かにビクッと震わせ、
「んむっ? ま、まあそんなところかな。それより
「約束……ああ!」
ボクはポンと手を叩き、嬉々としてセンランの顔を覗き込んだ。
「教えてくれるんだったよね? 【
「ああ。約束だからな」
ふふん、とセンランは腰に両手を当てる。
ボクはワクワクしながら、彼女の口がもう一度開くのを待った。
「まず始めに、【心意盤陽把】が『陰陽の転換』を最重視していることは存じているな? そして、功力が高い者ほど『陰陽の転換』を行う速度も速い」
うんうん、とボクは頷いた。
「しかし、その『陰陽の転換』を理想的なスムーズさで行うには、動作の最中に特殊な【
「それはっ?」
急かすボクに、センランは答えた。
「その動作を行う時——その動作を『陰陽を入れ替える』という行為だと強く思い込むのだ」
ボクは思わす小首を傾げた。『陰陽を入れ替える』と思い込む? そんなの、【心意盤陽把】では当たり前のことじゃないか。
しかしセンランの答えは、今のボクの考えが一面的なものに過ぎないと切り捨てるかのようなものだった。
「この【意念法】は、動作から一切の無駄を排除するためのものだ。「歩く」や「手を動かす」という行為には、大なり小なりその人間特有の「無駄な動作」というものが含有している。ゆえにその動作を『陰陽を入れ替える』という行為として考えながら行うことで、「無駄な動作」という名の不純物を取り除くのだ。心身ともに『陰陽を入れ替える』という目的一つに集中させることで、初めて【心意盤陽把】らしい無駄のない、鋭敏な動作を行うことができるようになる。「心」と「意識」の力で、正しく強い動きを導き出す。これこそがこの流派の名に付く『心意』という単語の持つ意味だ」
その力説っぷりに、ボクは「はぇー」という感心の声をもらした。
なるほど。いい勉強になった。やっぱり本だけで得られる情報には限界がある。実際に使う人の意見には敵わない。
彼女の熱弁はなおも続く。
「そしてこの【意念法】は、この流派の源流である【
――あ。やばい。
この上がりまくったテンション。一字一句、力のこもった早口。
分かっちゃったよ。
この娘もきっと、ボクと"同じ"なんだ。
うん、そうだ絶対。賭けてもいい。
この娘もボクと同じで――かなりの武法好きなんだ。
ボクに「同じ匂いがする」と言っていたのは、こういうことだったのだとようやく理解する。
「ところで、私もキミに聞きたいなぁ。昨日の一回戦で、なぜキミの拳は【
センランが非常にいきいきとした顔で訊いてくる。――きっとボクも武法について尋ねる時、今のこの娘と同じ顔してたんだろうなぁ。
強い仲間意識のようなものが、胸の底からあふれてくるのを感じた。
なのでボクは、【
……ちなみに、このようにおおっぴらに技術内容を説明しても、それで他流派に伝承が漏れる心配はない。ボクらが教え合っているのは、その技術の大筋に過ぎないのだ。実際にその技術をモノにするには、師による細かい手直しや口頭による指導が必要不可欠なのである。
センランは口を大きく開けながら、
「――なんと! そんな方法でっ? そんな技術が存在するなどとは露ほども知らなかった!」
「そっか。ところでセンラン、君は誰からその武法を習ったの?」
「え……えっと、わ、私の親類に元宮廷護衛官の者がいるのだ。その者から教わった。では……えっと、その、キミは……」
「シンスイでいいよ」
「う、うむ。ではシンスイ、君はその【打雷把】というとんでもない流派を、一体誰から授かったのだ?」
「えっと、それはね――」
言いかけた瞬間、片腕を何かが強く締め付けてきた。
不機嫌そうに頬を膨らませたミーフォンが、ボクの片腕にしがみついていたのだ。
「ミーフォン? どうしたの?」
「……お姉様、その女は敵ですわよ? そんな手の内を晒すような真似をするのは良くないと思います」
「えぇー、いいじゃない。同じ武法士同士じゃないか。それに【打雷把】の能力は、もうきっと他の選手にもバレてるよいたたたたた」
そう反論すると、腕を締め付ける力を一層強めてきた。爪も食い込んでるせいかちょっと痛い。
ミーフォンはやや涙の混じった目で、ボクを上目遣いで睨んでいた。なんだかちょっと可愛い。
ていうか、これはもしかしなくても……ヤキモチ焼いてるのかな? ボクがこの娘を放っぽって、センランとばっかり話してたから。
ボクはフォローの意味を込めて、ミーフォンの頭を撫でてあげる。絹糸のような心地よい感触の髪をさらさらさせるたび、甘い匂いがしてくる。
不機嫌そうだったその表情が、少し柔らかいものに変わった。
そんなボクらを見ていたセンランは、何かを察したように両手を叩き合わせ、
「なんだ、キミたちは"そのような"間柄だったのか? 昨日の試合の時には険悪な関係に見えたが……」
「あたしが負けた後でお姉様に謝ったのよ! 結ばれたのはそれから!」
「なるほど、そうだったのか」
「や、結ばれてないでしょ!」
思わず突っ込んだボクに、センランは大らかさ溢れる聖者のごとき微笑みを浮かべ、
「別に気にする必要はあるまい。この国では一応だが、同性間の婚姻が認められている。かといって実際にする者はほとんどいないが、決して違法ではないのだ」
「そうですお姉様! あたしたちを縛る鎖はありません! 一緒に幸せになりましょう! あたしお姉様の子供なら何人でも産んであげますから!」
「なりません! あと、少し落ち着きたまえ! ボクらじゃ子供できないでしょうが!」
マジなのかジョークなのか判断に苦しむ。
そこでライライがううんっ、と咳払いする。センランは反応してそちらを向いた。
「おや、キミは……
「ええ。シンスイとは『試験』が始まる前に知り合ったの。よろしくね、
「こちらこそ。私のこともセンランで結構だ。昨日のキミの試合、見事だった。あそこまで巧みで鋭い蹴りを放つ者を、私はほとんど知らない」
「ありがと。ところで、私たちはこれから観光に出かけるつもりなのだけど、良かったら貴女も一緒にどうかしら?」
ライライの気さくな申し出に、センランは何度かためらいの表情を見せたが、
「……ご一緒させていただこうかな」
やがて、少しぎこちない笑みを浮かべて頷いたのだった。
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