怪ノ九十七 学習塾

 小学校の頃、近所に塾が数軒ありました。

 塾というと、頻繁にCMをやっていて、全国に支部があるようなああいうのを思い浮かべるかもしれません。だけど、そういった大きな会社の塾ではなくて、本当に近所のおじさんおばさんがやっているようなところです。


 学校の近所にあったのも、そういうところでした。元教師だったようなおじさんおばさんが、家を改装して開いているような学習塾です。

 そのなかで、「A」と呼ばれる塾は、ちょっと厳しくて有名でした。


 もちろんぼかしているので、仮の名前ですけど。


 学校に一番近いところにあったので、何人かが通っていました。

 教えてもらうというものでもなく、塾が開いている間、好きな時間に一時間ほど滞在してプリントをやるというような形式でした。

 三、四年生はだいたい学校が終わった三時半頃から集まりはじめて、五、六年生はそれより少し遅い時間に来はじめる、という感じでした。上級生は他の塾に行ったりしはじめるので、三年生と四年生が主な対象になってたみたいですけど。

 先生は男の人で、中年の太ったおじさんでした。


 一度見たことがありますが、いつも汚いトレーナーを着た、本当にそのへんのおじさんという感じでした。教室も狭く、受講料も安かったらしいので、近所の塾ならなんでもいい、というような人が入れていたみたいですね。

 厳しいというのは問題が難しいっていう意味じゃなくて、問題を間違えるとすぐに叩かれたり、馬鹿にされたりするみたいでした。昔のことなので、親の中にはそれを教育熱心ととる人もいたみたいです。


 もっとも、私がA塾の存在を知ったときは、子供はだいぶいなくなっていたみたいですが。


 それで、まあ、ある日のことです。

 学校に行くと、A塾に通っている子たちが軒並み学校を休んでいたんです。


 何があったの、と尋ねると、どうやらA塾の先生が首を吊って亡くなったようなんです。

 その死体を見てしまった子たちが、こぞって休んだんですね。


 クラスメイトの中島君だけが、その日偶々サボってたおかげで、見なくて済んだようで、こっそり教えてくれました。あとで親には怒られたみたいですけど、そんなものを見なくて良かったとは言われたみたいです。

 それほどまでひどい状態だったんです。


 そもそもA塾の先生も、最近では受講料を前払いさせたり、暴力が問題視されて、段々と首が回らなくなってきたみたいでした。

 それというのも、先生はギャンブルが趣味で、借金もあったみたいなんです。

 とうとう払えなくなって、どうしようもなくて、教室の中で首を吊った。

 その死体を、いつも通りやってきた塾生の子たちが見てしまった……というのが真相のようです。


 しばらくの間騒ぎになり、元A塾に通っていた子たちは、別の塾に移ったり、そのまま塾そのものを一旦やめてしまったりと、ばらばらの道をとりました。

 中には、登校拒否になったあと、転校してしまった子もいたそうです。


 だけど、ほかの大部分の子たちには関係がないこと。

 なにしろその頃にはA塾に通っているのはほんの数人しかいなくなっていたという話ですから。

 すぐに日常は戻り、私もそんなことを忘れきっていました。


 ですが、それからしばらくした頃でした。


 夜中、学校から電話がかかってきたんです。

 何人かの生徒たちが家に帰っていないけれど、何か知らないか、と。


 思い当たるようなふしは無く、母も「早く見つかるといいわねえ」なんて言っていました。

 ところが、次第に行方不明の生徒たちの名前が明らかになるにつれて、とんでもないことがわかったんです。

 彼らは全員、A塾に通っていた子たちだったんです!


 それがわかってから、まさかと思った父兄や警察が元A塾のあった家に踏みこみました。

 家は親族によって管理されていて、鍵もかかっていたはずなのに――そこに、ぼんやりと上を見上げる子供たちの姿がありました。


 恐ろしいことに、全員が、先生が首を吊っていた天井を眺めながら、真っ白な紙に何か書きつけていたようです。

 そこに先生が生きているかのようで、踏みこんだ大人たちも声を詰まらせたそうです。


 親や警察が必死に声をかけると、子供たちはハッとしたように辺りを見回しました。

 全員が、どうして自分がここにいるのかわからず、不思議そうな顔をしていたそうです。中には、ここがA塾とわかると泣きだしてしまった子までいたそうです。そのうえ、子供たちの中には転校してしまった子も含まれていました。

 隣町で学校帰りに行方不明になり、道を知らないにも関わらずやってきた理由は最後までわかりませんでした。


 事件は、集団ヒステリーということで処理されました。


 ですが、本当に集団ヒステリーだったのでしょうか?

 トラウマから再び現場に行ってしまうなんてありえるのでしょうか?


 追いうちをかけるように、その時集った子供たちが、紙に何を書いていたのか。誰もが口を噤んでいたのです。

 そのときの紙は、まるで忘れ去られるように廃棄されてしまったといいます。


 私たちの学校では、あの元A塾のあったあの場所では、先生が恨みを持ったまま、子供たちを引きこもうとしているんだという噂が立ちました。


 もともと古い家だった場所は、このあいだ解体され、今度は小さなアパートになるそうです。


 願わくば、そこに子供が住まないことを。

 切に、祈ります。

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