怪ノ九十六 持ち主不明
偶々帰るのが遅くなったその日。
早く帰ろうと荷物を持って、高校の教室を飛びだそうとしたそのときだった。
「……あれっ?」
床に落ちていたものは、薄汚れたスマホだった。
それを拾い上げ、まじまじと眺める。
色は黒で、かすかに擦り切れたような汚れがいくつもある。何年も使ったか、それとも頻繁に落としているかのどちらかみたいだった。それを象徴するように、画面には大きくヒビが入っていた。もしかして落とした時に割れたのかもしれないけど、人によっては割れたまま使っている子もいる。
私はひどく羨ましかった。
なにしろ、私は持っていないから。
本当なら高校に入ったときにスマホを買ってくれる予定だったんだけれど、直前になって「やっぱりまだ早い」という理由で見送りになった。嫌な予感がしたけれど、当然教室の他の子たちはスマホや携帯電話を持っている子たちばっかり。会話アプリであっという間にグループチャットが作られて、私は表面上は付き合いはあるものの、なんとなく輪に入っていけなくなってしまった。
「誰のだろう……?」
中学の頃から携帯電話すら触ったことがないとからかわれていたけど、さすがに使い方はそれとなくわかる。
だけど、中を見ないと誰のものかわからないのは不便だ。
さすがに自分の機体に名前を書いている子は少ない。書いていたとしても、装飾のひとつって感じだ。
だけど、画面を触るとふっと明るくなった。
思わず、周りに誰もいないにも関わらず驚いたふりをしてしまう。
こういうのってロックがかかってるんじゃないの?
そう思って、指先で少しずつ動かしてみる。画面がすらっと切り替わったことに、ちょっと感動する。
見たことのあるSNSのアイコンが表示されていく。
見ているうちに、触ってみたいという感覚がじわじわと頭をもたげはじめた。
……ちょっとぐらいならわかんないよね?
それに、誰のものなのかも気になる。
これは持ち主を確かめるためと言い聞かせ、見様見真似で覚えた操作で少しずつスマホを操作しはじめた。
自分のものではないけれど、なんだかわくわくする。
廊下からも窓の外からも見えないように(ここは三階だけれど)こそこそとしゃがみこんで、自分に言い訳をしながら操作しはじめた。
みんながやってるSNSはどれだろうかと、ひとまずアイコンだけ確かめようとする。
ここまで来ると、どうも見たくなる。
きっとグループチャットにも入っているだろうから、どんな会話がなされているのか気になる。
どうしようもない好奇心に勝つことができず、私はついにアイコンをタップしてしまった。一瞬画面が暗くなり、次に現れたのは、トークと左上に書かれた画面だった。
「え? あれ、これ……」
私の名前?
不思議なことに、私の名前がぽつんとあるのが見える。
友達に見せてもらったことはあるのだが、確か左側にはその人を示すアイコンが表示されていたはず。そこには何もなく、ただ私の名前だけが書かれている。
でも、私は会話アプリなんてやってない。そもそも携帯電話やスマホ自体、まだおあずけ状態になっているのを、友達ならみんな知っているはずだ。少なくともこのクラスの人間で、グループチャットを作った人間ならみんな知っている。
どういうことだろう、と、迷わず自分の名前を押してみる。
すると、これまた友達に見せてもらったことのある会話画面が開いた。
でも、それだけだった。
会話はひとつもなされていない。
スタンプも押されていない。
「……なにこれ?」
なんだかうすら寒くなってくる。
私の名前が書かれていることもそうだし、そもそも使い方を完全に理解できているわけではないから、何をどうすればこんなことになるのかさっぱりわからなかった。
すると突然、ポーン、という音が響いたかと思うと、そこに文字が表示されたのだ。
『見てる?』
ぎょっとした。
さすがに名前は悪戯だとしても、これはシャレにならない。
この状況ならば余計に恐ろしかった。
見てしまったことがバレる前に、アプリを消さないと。
だが、どこをどうすればアプリが終了させられるのかわからない。その間にも音がして、メッセージが送られてくる。
『見てるよね?』ポーン。
『聞いてる?』ポーン。
『次はあんただよ』ポーン。
まずい。このままだと、勝手にメッセージを見ていることになる。
慌てて適当に下から上へスワイプすると、何の操作をしたのかわからないが、突然にアプリが落ちて最初の画面になった。
ふう、とひとまず安心する。
もうこんなことしてないで、職員室にでも持っていったほうがいいのかもしれない。
鞄を持ち、立ち上がってスマホを持ったまま教室を出ようとする。
すると、今度は唐突にスマホが鳴り始めた。
ぎょっとして手元を見ると、今度は電話がかかってきたようだった。すぐに止むかと思ったけど、しばらく待っても電話は鳴り止まない。
迷った末に、私は電話に出た。
「も、もしもし」
「……あた、じ……の……」
電波が悪いようで、とびとびにしか聞こえない。
でも、もしかするとこのスマホの持ち主なのかもしれない。
私は早口でまくしたてた。
「あ、あの、この電話の持ち主の人? 教室に落ちてたよ。今偶然かかってきて、ごめんね、メッセージ届いてたみたいだよ。今から職員室に持って行くところ」
一気に喋ったけれど、ザァザァとノイズのようなものがはしっている。何か言っているようだけれど、聞こえない。
「え? なに? ごめんなさい、電波が悪いみたい」
「今から、行くよ」
それだけ聞こえて、電話は切れた。
もしかすると、落としたことに気付いて電話かけたのかも。
今から探しに来るところだったってことかな?
私は時計を見上げた。
外はもう夕暮れ時で真っ赤に染まっているけれど、教室のほうまで来るのかな。
触ってたことがバレなきゃいいけど……と不安になる。
「あたしの……スマホ……」
「えっ?」
声は下からだった。
下を見ると、にんまりと笑った目の無い女の子が、私を見上げていた。
「つぎは……ァ、あんだの……番」
ポーン、と音がして、手元のスマホにメッセージが入った。
*
「ねえ、知ってる? 都市伝説でさ、呪いのスマホってやつ」
「ナニソレ?」
「持ち主不明のスマホなんだけど、すっごいボロボロなの。それを拾っちゃうと、その持ち主になっちゃうんだって。そうすると、次に誰かにそのスマホを拾ってもらうまで、持ち主はね…………」
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