怪ノ七十二 絵画の中

「ん?」


 俺が通りすがりにちょいと見上げたその先には、美術室の壁にある見慣れた絵。


「どうした?」

「この絵、こんなだったっけ?」


 見慣れているとはいっても、改めて見ると「こんなんだっけ?」と思うことは多い。


「モナリザとかのほうが有名だよな、俺も小学校の時は美術室にモナリザあったぜ」


 うちの学校には違う絵が飾られている。

 セーラー服や学生服姿の生徒が沢山いてそれぞれ両手をあげている、「太陽」という絵だ。おそらく絵を見る側が太陽に立っている構図になるのだろう。

 多分、この学校の生徒が描いた絵なのではないかと思う。


「なんかいつも見てるけど、こんな風だっけと思って」

「あー、あるある。俺もうちに飾ってある絵とか、偶にじっくり見るとこんな風だったっけと思うことあるぜ」

「ええ? あるか、そんなこと? 自分ちにある絵だぜ?」

「俺が生まれる前からあるから、じっくり見たことってそんな無ェんだよ。いつもそこにあるものっていうか」

「まあ、それもそうか」


 自分の家にあるものだってそうなのだから、学校にあるものなら余計にそんな事態に陥っても仕方ないのかもしれない。


「でももしかしたら、本当にどこか違ってたりしてな」

「えー? 間違い探しかよ」


 友人の脅かすような言葉に、もう一度絵を見る。

 「太陽」というだけあってこちらに向けている表情はみな笑っているが、ふと端っこにいる一人だけが笑っていないことに気が付いた。


 ……最初からこういう表情だったような気もするが。


 それでも一度気になるとどうにも目についてしまうものだ。

 美術の授業があるたびに絵を何となく見るようになってしまった。といっても通りすがりにちらっと見る程度なのだが、やはり笑っていない一人が気になる。


 このタイトルでどうして一人だけ表情が無いのか、まじまじと見てしまう。

 それどころか、少しずつ髪型や細かいところもちがっているような気がした。目の錯覚だとは思うけれど、どうにも気になる。


 けれどもこれといった確信もなく、変に怖がっても俺がおかしく思われるだけだ。


「ん?」


 ある時ふと気が付くと、その笑っていない一人が口を開けていた。


 ――こんな絵だったか?


 なんとなく絵に触れてみる。


「うわっ!」


 妙に生暖かい感触と、人の手に触ったような柔らかさ。

 ちょうど笑っていない「そいつ」の伸ばした手に触れていたようだが、絵というには妙な感触だった。

 唐突に、背中にぞくぞくとした悪寒が走る。

 一気に血の気が引き、めまいがする。


 慌てて振り返ると、他のクラスメイトはもういなくなっていた。

 俺一人美術室に残されたようだ。しんとした教室は妙に不気味だった。急いで美術の教科書とペンケースをひっつかみ、扉へと走りだそうとする。

 そのとき、ガッと肩を掴まれた。


「待ってよ……」


 うしろからの声に振り向く間もなく、俺の意識は暗転した。





「ん?」


 美術の教科書を抱えた女生徒が、飾られた絵を見上げる。


「どうしたの?」


 友人らしき他の生徒が声をかける。


「この絵、こんなだったっけ?」


 俺は絵の中で彼女に気付かれようと、青白い顔の生徒の横で必死に両手を掲げていた。

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