怪ノ七十一 コレクション
生物教師の内田先生は、第二理科準備室を自分の部屋のように使っていた。
それというのも、たいてい「理科」に値する授業が理科室で行われるので、準備室に色々と置いていたほうが便利なのだろう。
内田先生に用事があるときは、職員室よりも理科室に行ったほうが早い、などといわれていた。
「理科準備室に行けば、色々珍しいものが見られるんだって」
「珍しいもの?」
「うん、珍しい虫の標本があるらしいよ。内田先生のコレクションらしいから、滅多に見せてくれないみたいだけど」
そんなのを学校に飾ってるのかあ、と思ったが、虫好きの僕としては見に行かないわけにいかない。
さっそく暇な時を見計らって、先生の所へ赴いた。
「これがオオムラサキの標本だよ」
「わっ、すごい。綺麗な個体ですね~!」
「それでこっちがカブトムシだ。まだまだあるからね」
「これ、みんな普段は出してないんですか?」
「まあ、壊されたら困るものもあるからねえ」
それもそうだ。
「珍しい標本もあるって聞きましたけど、どんなものなんですか?」
「ん? それは秘密だよ。先生の宝物なんだ。こんなものは比べものにならないくらいね」
そう言われてしまうと、どうも気になる。
虫好きとして一度見てみないことには高校も卒業できない。大学だってそういう所に行こうと決めているのだし。
何度か先生に頼みこんでみたが、そのたびにのらりくらりと交わされてしまった。
それにしても、それだけ見せるのを拒む標本とはいったい何なのだろう。
相当に珍しい虫に違いないが、あれだけのコレクションがあるとなるとどんな虫なのかも想像できなかった。
気になりつつも見ることのできないうちに、月日が過ぎた。
そんなある日のこと。
「先生ー」
用事を携えて理科室を覗きこむと、先生の姿はなかった。しかし、理科室の扉は開いている。
それなら理科準備室のほうかな――と、理科室から続く扉へと進む。
「あれ、いない」
いつもは理科準備室を覗きこめば居るのに、その日に限っていなかった。
「職員室かな」
そりゃ先生だっていつも理科準備室にいるとは限らない。教師の一人なんだから職員室にいることだってあるだろう。
普段はあまり一人で見回ることのない理科準備室は、しんとしていて不思議な心地になる。そこでふと、先生が以前コレクションを出してきた棚を見た。
確かこの辺だったはず、と手をかける。
どうせ開いてないだろうけど――と軽く扉を引っ張ると、意外なことに扉はカラカラと音をたてて開いた。
偶然とはいえ目を丸くする。
きょろきょろとあたりを見回し、ほんの少しの出来心がむくむくと湧き上がってくる。
もしかすると、今なら秘密のコレクションを見れるかもしれない。
扉を開けきり、中のコレクションを手にとる。順番が狂わないように、ちゃんと置き場所や並べ方も工夫した。
ほとんどは見せてもらったものばっかりだ。
何度かその作業を進めたあと、一番奥に妙な木箱が置かれているのに気が付いた。
おそらくこれだろう。
「これかな」
引っ張りだしたそれは、他のと違ってガラス戸ではなかった。開けてみなければ中に何がはいっているのかわからない。
緊張と期待に胸を高鳴らせて、取っ手のつまみを指先で持つ。
そうして、そっと扉を開いた。
「えっ!?」
その正体がはっきりした時、思わず声をあげた。
そこには指が何本も並んでいた。
ほぼすべて色合いや長さが微妙に違う。
爪が割れているものや伸びているもの、指毛が生えているものもあれば、少し皺のついた指先。少し浅黒いものや白いもの。
キィ、と背後で音がしても、僕は降り返ることはできなかった。
「それかい?」
入口にはいつの間にか内田先生が突っ立っていた。妙に機嫌のいい声だった。
反対に、僕はこれが冗談であることを祈った。
「そいつは僕のコレクションの中でもとっておきでね。僕のコレクションに薄汚い手で勝手に触った虫ケラどもの汚れた指先だ」
妙に耳障りな音を立てて、扉が閉まった。
カーテンの閉められた理科準備室は暗く、僕は声をあげることもできなかった。
何しろ降り返った時には、先生の握りしめた斧が僕目掛けて振り下ろされるところだったのだから。
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