怪ノ七十 ダイエット

 クラスメイトのメグミが大幅なダイエットに成功した。


「メグミってさあ、最近綺麗になったよね~!」


 となれば当然、羨望の的である。


 皆が驚きほめそやし、元々持っていたのであろう可愛さが前面へと押しだされると、男子にはたちまち人気者になった。


「何キロやせたの?」

「んっとね~、十五キロかな!」


 体重がある人だと一気に減っていくらしいが、それは九十とか百とかの単位の話だ。

 好きな人でもできたのかと思っていたが、どうも手軽なダイエットを始めたようだと噂になった。そのうえどれだけ仲のいい女子が聞いても渋っていて、どうやってそれほど痩せられたのか誰もわからなかった。


 しかし原因がどうあれ、意外というしかない。


 何しろメグミ自身は自堕落で、痩せたいといいながら寝転んでポテトチップを口に運ぶような人間だったのだから


 新しいスイーツ店ができれば即座に並び、バイキングを始めた店があれば安いからと赴き、好きなお菓子の期間限定品を今しか買えないと買いあさる。この食品がダイエットにいいと聞けば、それを普段の食生活に加えるだけという有様で、最終的には隣のクラスにいる体の大きな女子を指し、「あの人を見てるとまだ大丈夫だと思う」とまで言いだした。

 そういうタイプなので、彼女のダイエット発言は挨拶ぐらいにしかとらえられていなかった。


 そんなメグミが唐突にスラッと痩せれば皆驚きもするだろう。


 そのくせ、彼女の食べる量はまったく変わらず、むしろ多くなっているようだ。にも関わらず彼女はやせ細ったままだった。

 それでもメグミは絶対に方法を教えなかった。


「んで、本当はどうしたの?」


 なんとなく私が尋ねてみても、彼女はニッコリ笑うだけだった。


「まァ期待はしてないよ、変な方法じゃなければね」

「ん~……」


 メグミはしばらく考えたあと、おずおずと言った。


「美悠ちゃんなら喋ってもいいかな……」

「ん?」

「でも、絶対に誰にも言わないでね」

「わかった」


 よくわからないが、たいていこういう時は嫌な予感がするものだ。


「実は、新しいダイエット方法のモニターに募集したの。漢方飲むだけなんだけど」

「それ、ヤバイ薬じゃないよね?」

「いわれると思った。だから言うのも嫌だったんだよね。他の子だともっと止めてきそうだし。でも、幻覚とか見えてるわけじゃないから大丈夫だよ」


 とはいえ、痩せる薬と称して覚せい剤が売り渡されていたこともあるようなので、なんとも信じがたい。


「でも、ちゃんと知ってる会社だし信用はできるよ。効果だってすごいの! これ、食べ物の制限とか運動とか一切してないのに、こんな短い期間で痩せてったんだよ!」

「……へえ?」

「それにどれだけ食べてもいいんだよ。スイーツバイキングだって色んな物食べれるようになったんだけど、それでもこんなスリムになれたし~」

「……」


 まったく信用できない。

 それは相手にも伝わったらしく、大丈夫だから、信用できるからを繰り返していた。


 完全に麻薬の売人を見る目をしてしまった。


「……そこまで言うなら、ほら」


 というわけで見せてもらったのが、小さな瓶に入った妙な色のものだった。いわゆる白い粉とはまったく違っている。

 確かに、ダイエット用――というわけでもないと思うが、肥満や便秘に効く漢方なら――ある程度知られているはずだ。


「ほら。漢方だし、会社名も聞いたことあるやつでしょ」

「……まァ、聞いたことはある」

「これはねー、なんか新しい漢方が入ってるんだって。モニターだからタダだし」


 タダ。

 そうか。

 タダにつられたのか。

 呆れながらも入っている漢方の名前を見る。

 漢方の名前なんてただでさえ小難しくてわかったものじゃない。確か、ショウガがショウキョウとかいう名前になっていたり、同じものでも名前が違ったはずだ。

 会社名も何か細工がされているということはなかった。


「ほらね? スゴイでしょ、漢方」


 そんな万能薬みたいに言われても困る。


「それでさ、ひとつお願いがあるんだけど……」

「なに?」

「これ、モニターだから一家族分の注文には制限があるんだよね。つまりね」


 ……要は私の名前でこの漢方を取り寄せてほしいということらしい。


「おねがい~! 少なくなってきたから量減らしたんだけどさあ、いつもみたいに食べてたら二キロ太っちゃったんだよ~!」


 十五キロ痩せて二キロ太るくらいどうってことないだろうと思ったが、そういう問題でもない。

 いやむしろ……それは逆に危ないんじゃあないか?


「いいけどさァ、届くまでにまた時間かかんない?」

「それなんだよ~! ねっ? ねっ? あそこのスイーツバイキング奢るからさあ!」


 私はしぶしぶ了承した。

 いい加減メグミがうるさかったというのもあるし、知っていた会社のものならばそう危険はないだろうと思ったからだ。


 家に帰ってから会社名で調べてみたが、変わったところはなかった。市内の山に近いほうに新しく作られた工場があるらしく、そこで作っているらしい、ということまではわかったが、どうにも確証に欠ける。

 ここまで来ると特に変なこともないのかもしれない。


 ともかく全然わからないまま、彼女はそれからも「ヤバイ」と言いながらバイキングに勤しんだ。

 確かに漢方を飲んでいない間に、また少しずつ太り始めているようだった。見た目には全然わからないのだが、気持ち顔がふっくらしてきたように見える。

 今くらいのほうが健康的でいいような気もするのだが。


 とはいえ二週間後に届いた薬をこっそりと渡すと、スイーツバイキングを奢ってくれたので良しとしよう。

 普段そんなところに行かないので食べすぎてしまった。

 ……私もあの漢方を飲んだほうがいいかもしれない。


 とはいえまた薬を服用するようになると、メグミはあっという間に戻った体重を減らした。

 それどころか戻った体重を更に減らしたらしい。

 見慣れたふっくらした顔は次第に頬骨が目立つようになってきた。足はほっそりとしているが、さすがに肉をこそげ落としすぎではないだろうか。

 いや、妬みや嫉みではなく、本当にそうなのだ。

 それなのに日中はお腹が空いたといいながらパンだのお菓子だの買いこんでは食べているのだ。


「メグミってさあ、ちゃんと用法守ってるよね?」

「ま、守ってるよ」


 どもった。


「そう。それならいいんだけど」


 ちらりとメグミの腕を見ると、手の甲は骨が浮き、本来あるはずの肉は減ってごつごつとしている。


「それよりさー、コンビニ寄ってっていい? お腹空いちゃって」

「ああ、いいけど」

「なんか最近お腹空くんだよねー。漢方の中にさー、脂肪燃焼効果のあるやつがあるから、そのせいかなーって思うんだけど」

「……いくらなんでも燃焼しすぎだと思うけど」

「でもさー、いくら飲んでも太らないのはねえ、いいよ! だって好きなものどんだけでも食べれるんだよ!」


 メグミはそう宣言すると、コンビニへと駆け込んだ。

 嬉しそうには言っていたが、目の下には隈が浮かび始めていたのは疑問だった。


 それから数日すると、メグミは学校に来なくなった。


「どうしたんだろうね?」

「風邪じゃない?」


 二日目ともなると心配の声も漏れたが、さすがに一週間ともなると果たして風邪なのかどうかが疑われる。


「なんか最近変だったしさあ、もしかして薬とかやってるんじゃ……」

「ええっ?」

「だってあんなバクバク食べてるのに、本人は痩せる一方なんだよ? なんかヤバくない?」

「うーん。そういえば痩せた方法とか教えてくれなかったよね……」


 ここまでくると、あの漢方を渡した手前、タイミングもあってかさすがに心配になってきた。

 他のクラスメイトの勘ぐりもわからないでもない。


 一度様子を見に行ったほうがいいと思い始めた。


 そういうわけで、ノートを届けがてらメグミの家に行くことにした。


 ――ノートを届けに来たんです。メグミちゃんの様子はどうですか。


 頭の中でそうシミュレートしながら、チャイムを鳴らす。

 平常心だ。

 探り探りしながら、心配した友達を装って中に入ればいい。完璧だ。ただのサボりならそれはそれでいい。しばらくまっていると、メグミの母親と思われるおばさんが出て来た。

 なんだか憔悴しきった顔で、青ざめている。


 私は落ち着いて、先ほどまでシミュレートした言葉をそのまま発した。

 自分のアリバイでも作ってるみたいだ。


「そう……ありがとうね」

「少し顔を見たいので、上がらせてもらっても良いでしょうか? 調子が悪ければすぐ出ていきますので」


 私がそう言うと、おばさんはぐっと言葉につまった。


「……あの、そんなに調子悪いんですか」

「……それがね、あの子、部屋から出てこなくて……、急にコンビニに行って何か買いこんできたかと思うと、部屋にこもっちゃって。食べてはいるみたいなんだけど」

「食べてはいる?」

「もしかしたらあなたなら会うかも……」


 その返答に急に不安になった。

 おばさんは私に上がるよう促すと、二階にあるメグミの部屋まで案内してくれた。

 途中の階段は妙にぎしぎしと音が鳴り、私の不安を煽ることしかしてくれない。そのうえ、部屋の前までくると、ガサガサという音が断続的に響いていた。何かビニールのようなものを漁る音に聞こえる。ビニール袋というよりは違う音のようだが、とにもかくにも開けてみないことにはわからない。


 ――なんかヤだなあ。


 ここまで来た手前、嫌も何もないと思うのだが。


「メグミ?」


 一応声をかけ、ノックをする。


「メグミ、入るよ?」


 覚悟を決めて、ノブを開く。

 勢いよく扉を開けると、信じられない光景が目に入った。


「ひぃっ!?」


 おばさんの悲痛な叫びが木霊する。

 カーテンを閉じ、電気もつけていない暗い部屋には、乱暴に破り捨てられた食べ物の袋があちこちに散乱していた。そのゴミ溜めの真ん中で、髪の毛を振り乱したメグミが、下着姿のままがつがつと一心不乱に食べ物にかじりついていたのだ。

 手足は骨が見えそうなほどにやせ細り、そのくせお腹だけは異様にぶっくりと飛び出ている。

 昔、妖怪や百鬼夜行の絵を見た時に見つけた餓鬼そっくりだった。


 メグミは食べていた何かを咀嚼し終えると、次の食事を探してガサガサと辺りの袋を漁り始めた。ハァハァと小さな息をして、喉の奥を懸命に湿らせながら。


「ああーー」


 そうして呻き声をあげたかと思うと、突然ばたばたと空の袋の間を叩き続けた。ようやく手を取りだしたときには、指先に黒いゴキブリが見えた。がくがくと震えながらそいつを見つめ、震える手で口に運ぼうとしたとき、おばさんが絶叫した。


「メグちゃん、何してるの、メグミっ! やめなさいっ!」


 おばさんが振り払うと、メグミは何やらわけのわからぬことを叫びながら吼えた。


「しっかりして、メグミっ!」


 おばさんはメグミの肩を掴んで揺さぶっていた。

 メグミは――。


「あ、あー、ああ……、あああああ!」


 がぶり。


 おばさんの腕から肉片と血が舞い、私はようやくスマホを取り出すことを思いだした。

 悲鳴と血から耳と目を逸らし、ようやくしかるべき場所へと震えながら電話をかけた。


 それからのことはあまり覚えていない。


 メグミがどこへ連れて行かれたのかわからないが、私は数日ほど熱を出して寝こんだ。


 それから学校へ行くと、噂は既に沈静化したあとだった。

 ダイエット用の漢方をむちゃくちゃな量を飲んだことでおかしくなったらしい、ということで話は落ち着いていた。そのあおりを食ったのか、例の工場も閉鎖したらしいと聞いた。

 まァ、出所がわかればそうもなるだろう。


 私は日常に戻ったが、ひとつ気になることがある。


 あの工場のあった山だが、昔は寺があったらしい。

 かつて山に迷った餓鬼――端的に言えば、飢えと渇きに苦しむ亡者――が湧いて出たらしく、その供養のために建てられたものだったという。

 それを取り壊して作られた工場だったようだが。


 ……だからなんだというだろう。


 それでも、あの時のメグミの姿はどうも餓鬼を思いだしてしまうのだ。

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