怪ノ六十二 隠れ鬼

 小学校の頃にさ、なんでか知らないけど流行った遊びってなかった?

 ほら、鬼ごっことかたかおにとかさ。ルールが違うから違う遊びだって言われればそうなんだけど、基本的には道具の要らない走り回る遊びよね。


 それでさ、隠れ鬼って知ってる?


 どういう遊びかっていうとね、かくれんぼとオニゴッコの合体みたいなやつ。かくれんぼって、隠れてるのを見つかったらもう終わりじゃない? だけど、隠れ鬼はオニに見つかってもそのまま逃げ切れれば大丈夫。

 三年か四年の頃かなあ、女子の間で、休み時間中にやるのが流行ったのよ。


 その理由がとんでもなくて、「隠れ鬼をすると一人いなくなっている」って噂があったから。


 まあ最初は何人か元気な女の子たちが、男の子たちと連れだって遊んでたのが最初みたいね。だけどそのうちに変な噂が立ったのよ。

 隠れ鬼をしていると、隠れている子が一人いなくなることがある。

 むかし、何組の子がいなくなったとか、そういう話よ。学校の怪談とか七不思議とかによくあるやつ。


 もちろんいなくなるはずなんてないわよね。

 授業中だと他のクラスのことなんてわからないけど、一人いなくなったらそれだけで大騒ぎになるはずでしょ。


 まあでも、真に受けちゃったのね。

 私のクラスの、特にリーダー格みたいな女子がすぐさま反応して、やろうって言いだした。もともと小学生なんて体力のあり余ってるような子が多いし、外で遊ぶのが流行ればそんなもんよ。


 そういう時ってだいたい、クラスの中でも目立たなくて大人しくて、いてもいなくてもいいような女子を標的にするわけね。


 たぶん、あの子もわかってたと思うんだよね。

 自分が単純に、隠れ鬼の噂の標的にされてるってこと。

 あんまり表情って変わってないけど、すごい嫌そうなのはわかったしね。しかも最初のじゃんけんの時だけはこっそり仲間外れにされて、彼女がオニから外れるように……つまりは隠れる側にまわるように仕組まれてた。

 まあでも普通に考えてそんなこと起こるはずないじゃない。

 それでもブームだったのもあって、結構毎日のようにそれは続いてた。特に、二時間目の終わったあとの休み時間は少し長くて、二十分あったから。そのときにやってたと思う。


 それがしばらく続いた頃かしらね。


 リーダーとその取り巻き以外の子たちって、遊んでるとそんなことなんてすっかり忘れて普通に遊んでた感じだからね。結局のところ、リーダー格の子が取り巻きの何人かと、一番カーストの低いとこにいる女子をからかってるだけ。

 ほら、そういう子ってたいていどこか変わってたりするじゃない。どこでも一緒だけどさ。


 それでまあ、その日もそんな感じだった。

 外は曇っていたけれど、雨が降りそうというほどでもなかった。だからみんな外に出ていたし、いつも通りだった。

 いつもの通りにオニを決めてから、その子を誘う。

 それで外に行くでしょ。


 一緒に遊ぶ子ってだいたい女子が十人前後になったりするし、外は他のクラスの子たちもいるでしょ。だから取り巻きの子が合図するのよ。あそこに隠れてるとか、どこそこに隠れてるとか。

 その子を使って七不思議の実験をするのが目的ではあるけど、その子をわざと追いかけていくのがもう一つの目的でもある。

 いたぶる、っていうのかしらね。

 足も遅いからわざと疲れさせて喜ぶみたいな感じ。


 それで、その日も取り巻きが伝えたの。


「あそこの部室棟の後ろにいる」


 ……ってね。

 それももちろんリーダー格の子は見てたの。


 もちろん最初に行くわよね。


 部室棟っていっても小学校だから、男子用と女子用の着替え室が隅っこに建ってるだけの掘っ立て小屋みたいなものなんだけど。そこを両方から挟み撃ちにして、片方が見張り、もう片方はオニとして捕まえに行く。もちろん片割れのいるほうに逃げるはずだけど、オニはそっちは無視してその子を追いかけていくのが常套手段ね。

 見張りの子が一方へと向かうと、こっそりと裏側を覗きみる。すると。


「あれっ?」


 と、見張りの子が声をあげた。

 その間にもう片方からオニがぱっと顔を出した。


「あれ……?」


 拍子抜けした。そこには誰もいなかったんだから。


「逃げちゃったのかな?」


 自分たちが話してるうちに隠れる場所を変えたとか、そういうこともないわけじゃない。

 他の子も探したりしながらその子を探していたんだけど、とうとうその日は時間中に見つからなかった。リーダーの子はちょっと機嫌を損ねたけど、教室に戻ったの。


 だけどその子はいつまで経っても教室に戻らなかった。


「おい、どこ行ったか知ってるか?」


 って授業にやってきた先生も尋ねたけど、誰も答えなかった。

 早退や保健室からの連絡も受けてないし、おかしいなってことになった。


 そりゃもう、大騒ぎよね。


 どこを探してもその子は出てこなかった。保健室もそうだし、家に帰ったわけでもない。いつまで経っても出てこない。

 そのうちに保護者までが学校に来たり、事件性を考えて警察までが来ていた。

 女子が最近外で遊んでるのは知られていたから、当然どこにいるか知らないか聞かれるわけね。段々と表情もひきつっていったのはわかるわね。


「……知りません」


 さすがに七不思議でいなくなりましたなんて言えないけど、妙な態度をする女の子たちを当然大人は訝しがった。

 とりかえしがつかないとなると、途端に恐ろしくなるのが普通の子供ってものよ。リーダー格の子だけは得意になって、厳格にみんなを黙らせたけどね。でもほとんどの子は……妙な気味悪さを感じてたわ。


 そうするうちに、変な噂が立った。


 学校で隠れ鬼をすると、いなくなる――。


 元々の噂と一緒だと思うでしょう?

 だけどひとつ違うのは、「何組のナントカちゃんがいなくなった」「上の学年の人がいなくなった」という具体性まで持っていたこと。

 そして実際に、いなくなる子は増えていた。

 学校中が大騒ぎになったの。


 相次ぐ謎の失踪事件は、マスコミの恰好の餌食になった。

 学校は保護者への説明だけでなくマスコミ対応にも追われた。先生たちは終わらない悪夢に毎日うなされているようだった。


 ところが――最初にいなくなったその子は、ある日戻ってきた。


 ちょうど半年くらい経った頃かしら。平日の昼間に裸足のまま、どこかの喫茶店に駆け込んだのを保護されたのよ。

 服は失踪当時のままで、痩せていた。


 なんでも、部室棟の裏にあるフェンスが壊れてて、そこに近所に住んでる男が侵入したらしいの。それで、隠れて様子を伺ってるその子を抱きかかえて、今の今まで家の中で監禁してたみたい。

 女の子は男が気を許したときを狙って脱出して、命からがら喫茶店にたどりついたっていうのが真相みたい。


 そうなると疑問が残るでしょ

 その後にいなくなった子たちは、どこへ行ったのかって。


 いなくなった子たちも誘拐や事件の可能性を考えて、もう一度洗い直された。

 けれども、その子と同じようにフェンスを通った形跡もないし、男の家も捜索したけれど、手がかりひとつ残っていなかった。


 そうしてもうひとつおかしなことに、その子が帰ってくるのとほぼ同じタイミングで、誰もが事件を忘れたかのように振るまい始めたの。


 何もかもが妙だったわ。


 警察も来なくなって、先生たちも騒ぐことはなくなった。誰もいなくなった子たちに言及することはなかったし、ともすればずっと一緒にいたと答える始末よ。意義を唱える子もいなくなって、やがて事件そのものが消えてしまったみたいになった。

 残ったのは……、残ったのは、最初の大人しい子が監禁されていたという事実だけ。


 その後の子たちが隠れ鬼の最中に消えたという事件は、すっかりなくなってしまったの。


 いったいどういうことなのかさっぱりわからなかった。

 失踪した子の顔写真はマスコミによって公開されたから、ある時その人のクラスに言って聞いてみたことがある。


「このクラスに、こういう名前の子っている?」


 ってね。

 なんて答えたと思う?


「いるよ、呼んであげようか?」


 そうしてやってきた子を見て、私は言葉を失った。


「私がそうだけど、なに?」


 まちがいなく本人だった。隠れ鬼の話をしたら、「何言ってんの?」って顔をされたけどね。


 信じられる?


 最初のその子が戻ってきた瞬間に、他の事件は少しずつ消えていってしまったのよ。

 私だけがおかしいのかしら?


 ……。


 どうして私がそれを覚えているのか、ですって?

 そりゃあね。

 それがわかれば私だって、こんな――収容所みたいな病院に来てないわよ。だけど私はあきらめないわ。だってあの子で実験しようって言ったのは私だし、あの子の事件のあとも事件は本当にあったのよ。


 ……本当なのよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る