怪ノ五十一 グラウンドの声

 うちの中学校のグラウンドは、どういうわけか声がよく響いた。

 いや、響くというよりも、やまびこのように同じ言葉が返ってくるのだ。


 街中なので何か理由があったはずだが、詳しいことは一度聴いたきりで忘れてしまった。まあとにかく声がよく響くことで有名だったことだけ覚えていてくれればいい。


 体育祭に重宝するかと思われがちだが、普段の体育ならともかく土地が狭かったので、体育祭にはもっぱら近所にあったスタジアムを使っていた。大きな市民公園に様々なスポーツ施設が併設されたところで、行事や試合が無い時は一般にも利用可能という施設だ。土地が無いとはいえ、中学生の体育祭にスポーツ施設を使うなんて、今になって思えばなんと贅沢なことだろう。


 とはいえ、それも全校生徒が集まる体育祭のときだけで、一クラスでの授業のときには当然のように中学校のグラウンドを使っていた。

 私の場合は高校のグラウンドがかなり広かったので、しばらく経ったころ元クラスメイトたちと中学に遊びで赴いたら、その狭さに驚いたほどだ。


 ところでそのグラウンドだが、声が響くからか、不思議な噂があった。

 夕方、誰もいなくなってから声を張りあげると、自分のあげた声とは違う言葉が返ってくるというのだ。

 このグラウンドのやまびこは、学校の七不思議のように扱われていた。

 ただ、このグラウンドのやまびこの印象が強すぎて、他の七不思議はおまけというか、だいぶかすんでいたように思う。むしろこのグラウンドのやまびこという不思議に付随して、他の七不思議が作られていったような印象さえ受けるのだ。


 たとえばこれは噂でよく語られる内容なのだが、大会が近づいていた合唱部のメンバーが滑舌の練習として外で声を張りあげていたところ、一人だけ声がずれて聞こえている。


「誰かひとりずれてるよ」

「やまびこじゃない?」


 というような話になった。

 おかしいなと思いながらも練習を続けていたが、そろそろお開きにしようということになったとき。


「やめるのか?」


 という男の声が聞こえたのだそうだ。

 辺りには自分たち以外に誰もおらず、合唱部は全員が顔を見合わせ、気味の悪いものを感じたそうだ。


 またあるときは、サッカー部で遅くまで連中して残っていた一人が、ゴールにボールを入れていたとき。


「うまくいかねえなあ。クソッ!」


 と大声を張りあげた。

 当然、声はそのまま返ってくるはずだった。だが、その声はそのまま返ってこなかった。


「ちっ……」


 という舌打ちのような声になったのだ。

 そのサッカー部員も、気味が悪くなってすぐに帰ってしまった。


 更にまたある時は、それらの噂を聞いた仲良しメンバーが誘い合って「何か大声を出してみよう」ということで、「わーっ」と声をあげた。

 その他にも、「誰かいるんですか!」とか「いえーい!」とか、とりとめもないことを叫んでみたという。

 もちろん声はそのまま返ってきた。噂とはまったくちがう。


「何も起きないね」

「まあ、噂だからね~」


 そんなことをぺちゃくちゃと話しているうちに。


「何の用だ」


 と男の声がおしゃべりに乱入した。

 びっくりして振り返ったが、そこには通行人も男の先生らしき人もいなかったという。


 それにしても、返ってくる声というのは随分と多岐にわたっている。

 練習をやめるのか、もそうだし、悪態をついたら舌打ちをされるのもそうだし、ただ声を張りあげたら何の用かと聞かれる。相手の正体や考えがさっぱりわからないのもそそられるようだ。

 ただ、みんなのほとんどはそれらがただの噂の域を出ないと思っている。

 まあ、当然だ。

 ほとんどはただの暇つぶしにすぎない。


 だが、私はこの噂が本当であると信じている。というのも、私自身がそれを試した張本人であるからだ。

 私もまた、暇つぶしと称して部活の帰りになんとなく声を張りあげてみた。


「誰かいるんですかー!」


 たいていうちの中学では、噂を確かめようと何かしら叫んでいる生徒がいた。

 だから、誰かが叫んでいたからといって「ああ、またか」ぐらいにしか思われない。私もそうだ。何となく叫んだのだ。

 だが、次に返ってきたやまびこに私は背筋が凍りついた。


「いるぞ」


 男の声で、はっきりと。

 心までもが凍りつくような声。辺りには誰もいないはずだった。


「そ、そうですか」


 なぜそう口走ってしまったのかわからないが、私はやまびこと会話のようなことをしてしまったのだ。

 しばらく何も言葉が返ってこなかった。


 私はほっとして、さっさと帰ろうと歩きだした。

 その途端、私の耳に信じられない言葉が返ってきたのだ。


「次に呼んだら、承知しねえからな」


 すぐさま振り向いても、そこには誰もいなかった。

 グラウンド全体から聞こえたといっても過言ではない。私は慌てて学校から飛んで帰った。その日どうやって夜までを、そして次の日の朝までを過ごしたのか記憶がない。

 ただ、その話を誰かにするわけでもなく、私の胸にだけにしまいこんだのだ。


 あれがどういう意味であれ――私がまた呼びかけたら、なのか、それとも私の次に呼んだ誰かのことなのか――私にはそれを確かめる勇気はなかった。


 とにかく、私は二度とあのグラウンドで声を張りあげることはしないだろう。

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