怪ノ四十七 おむかえさん
うちの小学校では、登下校中に生徒が絶対に通らない道ってのがあった。
裏道だし、むしろ回り道になるからわざわざ通ろうとする子なんていないし、そんなとこどうしてわざわざ噂になるのかって思うじゃない?
そう。それよ。
あそこには、「おむかえさん」がいる、って噂があったの。
大体そこの道っていうのが、古い家の立ち並ぶ住宅街の入り組んだところで、両方をブロック塀に囲まれた狭い道なの。しかも、まっすぐじゃなくてゆったりとジグザグになってるのね。地面からはコンクリートを突き破って雑草が生えてきてて、ところどころにある細めの電柱には剥がれかけたチラシがぴらぴらしてる。
奥に何があるわけでもなくて、突き進めば反対側の道に出るだけ。
しかも近道なわけじゃない。
冒険好きの男の子が偶に通るくらいの道。
だけど、そこに人影が見えたら絶対に誰も行かない。
それは「おむかえさん」だから。
おむかえさんの噂は、うちの小学校に通ってる子なら誰もが知ってる噂だった。
先生たちも知っていただろうから、時折通学路に現れて見張りをしてたくらいよ。
ただの噂話ならばいいけど、もしかして近所の人に何か迷惑をかけたり、不審者だったらいけないからね。
でも、おむかえさんは先生たちのいない時に限って現れた。
もちろんいつもいたわけじゃない。
あるときに路地をのぞくと、ふっと突っ立っていたりするの。
おむかえさんは人影のようだけど、顔が見えない。真っ黒な姿で、電信柱の影に立っているだけ。そういう時、子供たちはできるだけ路地を見ないようにして突っ切った。
けどね、こういうときにたいてい一人はこう言う子がいるものよ。
「そんなの怖くねーし!」
……ってね。
「それで、本当にいくの?」
「当たり前だ!」
タツキ君もそういう一人だった。
下校中に路地の前に立つと、一緒に帰っていた子たちがはやしたてた。
「タツキ、お前本当に行くのか?」
「途中で逃げるなよ」
「うるさいな、そんなに言うなら反対側で見てろよ!」
その道は一本道だから、反対側に立てば出て来るのは当然見えるわけよ。
別々に帰ってたクラスメイトも段々集まってきて、タツキ君が裏道を行くのを見守ることになった。
「うーっし、じゃあ行ってくる! おおい、おむかえさん! いるなら出てこいよお!
みんな入口に集って、彼が入っていくのを確かに見たの。
タツキ君が何度かジグザグを行くと、外からは姿は見えなくなってしまった。タツキ君からも、出口も入口も見えなくなった。
それでも構わずずんずんと小さな路地を歩いていく。
すぐ終わる路地かと思ったんだけれど、中々向こう側に辿り着かない。
「意外とあるんだな」
こんなに長い道だったのかと思うと、ちょっと不安も出て来る。少しだけスピードをあげて歩きだした。出口が近づいたらスピードを落とせばいい。それに出口にはクラスメイトも自分を見届ける意味でいるはずだからね。
けれども、行けども行けども出口は見えてこない。いくら裏道だからってこんなことはあるのかと思うくらい。
さすがにタツキ君も不気味に思った。
すると、後ろから。
じゃりじゃり、と自分とほぼ同じ間隔で追いかけてくる足音に気が付いた。
おむかえさん。
そんな言葉が浮かんだわ。
それとも、クラスメイトが追いかけてきただけかもしれない。
タツキ君は一度立ち止まって後ろを振り返った。そうすると、後ろには誰もいなかった――そのかわり、じゃりじゃりいう足音も止まったの。
ぞっとするわよね。
でも、もう後戻りはできない。
そのまま歩きだすと、また背後から聞こえる足音もじゃりじゃりいいはじめた。
なんだか怖くなって、スピードをあげて歩きだした。そうすると、後ろの足音も同じ間隔で追いかけてくるじゃない。
ついには走りだしても、後ろの足音もじゃりじゃりじゃりっ! と走ってくる。
――にげてやる。おむかえさんから逃げきってやる!
タツキ君はそう思って一生懸命に走った。
走って、走って、どれだけ走っても出口は見えてこなかった。
「うわっ!」
タツキ君はその瞬間、何かにつまずいて転んでしまった。開けっ放しになっていたランドセルの中から、教科書や筆箱が転がり落ちる。
「痛ってえ」
そう言って立ち上がろうとして、気付いた。
後ろの足音は未だに走ってきている。
そうして振り返った途端――。
……。
……おなじころ、外では男の子たちが不安にかられていた。
「おーい、そっちにタツキ帰ってきたか?」
「いや、来てない。まだ出てきてないのか?」
「さすがにちょっとおかしくないか」
「途中で怖くなって、へたりこんでるとかじゃないだろうな」
下校途中にざわついてるものだから、そのうちに先生もやってきて騒ぎになった。
不審者のいる路地に入ったまま出てこないもんだからね。
反対側にいる子たちの証言もあって、路地から出てこないなんてことになったもんだから、先生たちが見に行ったわけ。
でも、タツキ君の姿はきれいさっぱり消えてしまった。
見つかったのは、地面に散らばった教科書と筆箱だけ。
警察がやってきて色々と調べたけれど、タツキ君も不審者も見つからなかった。
あそこ、一本道なのにね。
周囲に立ってる家も調べられたけど、ついにタツキ君は出てこなかった。
……おむかえさんは、違う世界に連れていってしまう存在だって言われているんだけど、もしかすると、道の途中に追いつかれて、そういうところに連れて行かれてしまったのかも。
ね、こういう話って、たいてい撃退法があるでしょ?
ほら、古い話だと口裂け女とかさ。ポマードと唱えるとか、犬をこわがるとか……違ったっけ。とにかくそういうのが一切ないの。
だからもう、私たちにできるのは近づかないこと。
でないと、向こうの世界からの迎えが来てしまうから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます