怪ノ四十六 外の水道
あれは、まだ俺がサッカー部に所属してた時の話だ。
うちのサッカー部はかなり有名なところで、人数も多くてかなりの大所帯だったんだ。部活じゃその過剰な人員を何とかしようと、一部と二部に人を分けていた。
分け方はだいたいわかるだろ。
キッツイ練習メニューを毎日のようにこなして、優勝トロフィーを幾度となくカッ攫ってくるようなのが一部。
それ以外がみんな二部。
俺?
俺は想像通りさ。二部でぼんやりやってたような奴だよ。
朝練にも出ず、行きたい時に行ってたけど、やっぱり体を動かすのは嫌いじゃないから、放課後は必ず行ってた、ってぐらいだ。そうでなきゃ、二部とはいえだらだら居座るはずもない。
それでも一部昇格を狙ってるような連中は、俺たちとは違うというように必死でやってたと思うけど。
時期は、インターハイのはじまりが間近に迫った6月。
暑くなってきて、先生からはちゃんと水分をとるようにとお達しがあった。
一部の連中なんかは自分専用の水筒かなんかでちゃんとしたスポーツドリンクとか持ってきてたんだけど、二部の奴らは大体家で凍らせたようなペットボトルとか、学校の自販機で買うかのどっちかだ。
そんなのすぐになくなっちまうし、いくらなんでも金がもたないし、わざわざ買いに行くのも時間がかかる。
というわけで、外にある水道水を飲んでた。
これは後で知ったんだけど、うちの地域って、結構水道水が飲みやすいって評判らしいな。ほら、海外は論外として、同じ国内でも水道水がまずいって地域あるじゃん。
外の水道は三か所あって、そのうちの一か所を主に使ってた。
もう一つは野球部とかが使ってたから、住み分けじゃねえけど、まあ、別の部活が主に使うほうだから感じで、あんまり使ってなかった。
問題はもう一つで、そこが少し離れたところにあったんで、誰も使ってなかった。
で、あるとき、ペットボトルの水がなくなってさ。
水なくなっちゃったよー、って言ってたんだが、喉はカラカラ。俺の水飲む? って言ってくれた奴もいたんだけど、さすがに他の奴のをもらうわけにもいかなくて。
「俺、水道水入れてくるわ」
つって、水道まで行ったんだ。
でもそしたら、水道が一部の奴らが占拠してんだよ。
あいつらインターハイもあるから目もギラギラしてて、なんか近寄りがたくてさ。それに、一部と二部に分かれてるっつったって、お互いに交流とかはなかったからな。
引け目みたいなものがあったから。
だってほら、一部の奴って本当にサッカーに高校生活かけてるみたいな奴らが多くてさ。なんか申し訳なくて。
それで、しょうがねえか、と思って別の水道に行ったんだ。
たまたま近かったのがその三つ目の水道だった。
そりゃあまあ、選択肢はそこしかないわな。
少し奥まった暗いところにあるんだが、そこまで軽く走っていった。
水道には俺の他にも一人使っている奴がいた。ユニフォームを見たら同じサッカー部の二部の奴なんだ。うちは一部と二部でユニフォームも違ってたからすぐわかった。練習メニューが違うからすぐわかるようにって配慮だな。
んで、誰だろうと思いながら近づいたんだ。
大所帯だし、二部のほうが圧倒的に人数が多いから、喋ったことがない奴なんかザラにいたしな。
「お疲れ様でーす」
俺が声をかけても、そいつは何も答えなかった。
まあ、水も出てたから聞こえなかったのかな、と思って、水道の前で立ち止まった時にもう一度言ったんだ。
「お疲れ様です!」
だけど、返事はなかった。
そいつは水道の前で水を出しっぱなしにしながらぼんやりと突っ立っていたんだ。
大丈夫かなこいつ、と思ったんだけど、まあ何か洗濯でもやってんだろ、と思って、向かい合わせのところの水道で水を出したんだ。
で、自分も水を飲んだり顔を洗ったりしながら、ペットボトルに水を入れようとしたそのときだった。
ふいに視線を感じて、ふっとそっちを見ると、さっきのそいつがじっとこっちを睨むように見てるんだよ。なんか感じ悪いやつだなあ、と思ったけど、一応同じ部活の人間だし、頭を下げといたよ。お疲れ様です、って言いながら。
で、俺はまた視線を下に向けた。
けどそいつはまだじっと俺のほうを見てるみたいだった。
だから再び顔をあげて、こう言ったんだ。
「あの、何か俺に用ですか?」
その瞬間、急にぞくぞくーっ! としてさ。
6月だっていうのに物凄い寒気がして、動けなくなったんだよ。汗が乾いたとかそういう次元じゃなくて、もう芯から冷え切ったみたいな状態?
突然風邪でもひいたみたいな感じ。
うわっ! と思って、そいつから目を離せなくなってる間に、そいつは俺に徐々に近づいてきたんだ。
わかるか?
学校の水道って二列になってるじゃん。
俺はそいつとは反対側にいたから、水道をすり抜けてきてんだよ。
ヤバイヤバイ! ってなって、俺もうパニックなんだけど指先ひとつ動かねえの。
そいつは青白い顔をぐーっと近づけてきた。
そんで俺に。
「俺はおまえとはちがう……」
って言ったんだ。
その声を聴いた瞬間、意識がなくなって。
気が付いたら病院だったんだ。
なんでも、倒れたのに気付いた連中がすぐに先生呼んでくれて、そのまま病院に運びこまれたらしい。
病名は一応熱中症ってことになってたけど、医者もだいぶ判断に困ったって言ってたな。
それから復帰してしばらく経ったころ、急に一部の先輩に呼びだされてさ。
こんなこと言われたんだ。
「お前、あそこの水道で何か見たか?」って。
幽霊見ましたなんて言っても信じてもらえないかと思ったんだけど、先輩たちがあまりに真剣な顔をしてるもんだから、これこれこういうことがあったんですって説明したんだ。
そしたら先輩たち、「あ、やっぱり出たかぁ」みたいな反応だった。
なんでも昔、あそこで倒れて死んだ部員がいたらしい。
所属は二部。
なんとか一部に入ろうと、朝練から放課後から自主練までやってて、もう本当に自分をいじめぬいた末に、水分不足の熱中症で水道のところでぶっ倒れた。自主練のさなかだったからしばらく誰にも気付かれなくて、結局死んでしまったらしい。
それから、サッカー部では練習メニューの見直しや、水分をちゃんと取ろうってのが必須になったらしいんだ。
でもそれ以来、あの水道のところに部員が出るんだと。
一部の連中は、たまに自分たちを羨ましそうに見つめる姿を目撃することがあるらしい。
よっぽど一部に入りたかったんだろうなあ。
でもそれ以降なんとなく行き辛くなって、二年の終わりくらいでやめちまったけどな。
一部の先輩たちは、「仕方ないな」って顔で見ていた気がする。
今もあいつ、あの水道のところでサッカー部を見てるんじゃないかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます