怪ノ四十五 七不思議その四・赤い階段
奇妙な怪談会――「怖い話会」は折り返しをすぎた。
篠原仁はどうしてか知らないが、そう思ったのだ。
夕暮れに染まった教室の時計は四時四十四分をさしている。
普段はそんなもの気にもならないし、そんなもの気にする歳でもない。だが今に限っては、その時刻を読んだ途端、嫌な数字だと思った。
「それでは、次の話をお願いします」
その声にはっとして、隣に座った照沼亮とお互いを見つめあう。
次は自分の番だ。
「俺たちも、同じ体験だ――ああ、いや、同じ話ってわけじゃなくて……七不思議なんだ」
仁がそう言うと、教室のなかにため息が満ちた。
”ああ、やっぱり。”
誰も何も言わないが、そんな空気に満ちている。
「……そうですか」
進行役を押し付けた――押し付けてしまった黒縁眼鏡の男子生徒も、わかっていたような声に聞こえた。
「俺が先に座ってるから、俺が喋ろう。亮もそれでいいよな?」
「ああ、……うん」
進行役を見ると、彼はうなずいた。仁はそれを合図にひとつ咳き込むと、そのまま話しだした。
――……。
俺は篠原仁。
隣にいるのが照沼亮だ。
えーっと、二年生、で、同じクラスだ。
俺たちが体験したのは十三階段って呼ばれる七不思議だ。
知ってるやつは……、……あ、いるみたいだな。
でも、たぶんそれって他の学校の怪談とかで言われてるやつだと思う。
そうじゃないか?
ほら、やっぱり。
深夜とかに登ると、十二段なのに十三段になってるとかそういうの。
俺が思うに、あれってたぶん数え方の問題なんじゃねえかなあ。ほら、廊下のところから数えはじめるか、一段登った先から数え始めるかってやつ。
だから、俺が最初にこの学校にも十三階段の話があるって聞いたときも、そんなかんじなんだろうと思った。
だけど、全然ちがった。
真相はちがったんだ。
今でもあれは夢だったんじゃないかと思ってるけど、俺がここにいるってことは違うんだろうな。
最初に十三階段の話を聞いたのは、映画の話の流れだった。
俺の友達のカノジョが、珍しくホラー映画を見に行きたいって言ったんだと。その理由が、それに好きなアイドルが出てるとかだった。
で、その映画がもとはホラーゲームだったって話だったかな。あれ、驚いたんだよなあ。個人でゲームなんか作れるのかよって。動画サイトとかは見てたし、スマホアプリとかもやってたけど、誰が作ってるとかは全然興味なかったから。
そりゃあ、据え置きのゲームに比べれば随分とチープだなって思うのもあったけど、個人が作ったって改めて言われるとな。
あ、いや、話が逸れたな。
とにかくそんな感じで、うちの学校にもそういう怪談があるんだって話になった。話を振ってきたのは……誰だったかな。
中間内の誰かだったのは確かだったと思う。
「南校舎の屋上に行く階段が、十三階段になるんだ。それも、下からじゃなくて上から降りていくときに十三になるらしいぞ」
「なんだ、よくある話だな」
「そう言うなよ。この話にはちゃんと続きがあるんだぜ」
「続きィ?」
「ああ。昔、この学校の二年生に、澤田っていう男がいたんだと。そいつはイジメられっ子で、いつも南校舎の屋上に呼びだされてはいびられていた」
南校舎って、上の階は人がいなくてひっそりしてるからな。
確か、今よりもっとたくさん生徒数がいた時代に作られたんじゃなかったっけか。今は使われてる教室が少ないから、上のほうは誰もいないんだよな。文化祭で少し使われるくらいか。
「それでさ、その日はどうにか澤田も抵抗しようとしたんだろうな。こんなこともうやめてくれって、勇気を振り絞って言いだした。ところがまあ、いじめてるほうは急にそんなことを言われたもんで、面白くない。
数人で澤田の体を持ちあげて――たぶん、腕と足を持って、階段と平行にしたんだと思う。で、勢いよく揺らしてからかいながら、更にもう一人が階段の下にいて、逃げられないようにした。
それで、荷物でも転がすみたいに、階段の上から転がり落としたんだ。
澤田はごろごろと抵抗もできないまま転げ落ちた。階段の途中で止まったのを、また声をあげてはやしたてながら階段の上に運んでいく。
そうしてまた階段の上から転げ落とす……。
澤田は何度かそんなことを続けられているうちに、ついに階段の下で動かなくなった。
死んじまったんだよ。
もちろんイジメっ子連中は逃げちまった。
死因は事故死ってことになり、イジメっ子連中はみごと逃げおおせたわけだな。
それからだ。階段を上から下ると、一段増えるようになったのは。
増えてる一段っていうのは、転がったまま死んだ澤田の幽霊のことなんだ」
こんな話あると思うか?
最後に増えてる階段が、転がった幽霊だっていうんだぜ。
怖いとかどうとかよりも、逆に面白いだろ。
「じゃあ、行ってみようぜ」
そうなったのは、たぶん自然な流れだと思う。
夜じゃなかったけど、その日は朝から曇ってて、雰囲気抜群だった。いつ夕立どころか土砂降りになってもおかしくない、凄くどんよりした天気だったからな。
まあ、行ったのは俺たち二人だけだったけど。
屋上への扉って一応窓がついてんだけど、明るい日でもそう光が入ってこない。やんわりちょっと明るいかな、ぐらいだ。
だけどそもそも普段は扉は閉まってるし、電気もついてないからすごく暗いんだよ。それに加えて暗い天気。じめっとしていて気持ちが悪かった。風も通らなかったしな。
「それで、上から数えるんだよな」
「ああ」
俺たち二人は連れだって、一度上に上がってから下を見た。
階段としては、他の所と全然変わらない。ただ、物凄く暗かったということだけだ。一段降りたところから数え始めよう、ということだけ決めて、二人で階段を降り始めた。
「いーち、にーい、さーん」
そんな風に、子供みてえに数えながらな。
段々と下が見えてきたが、これといったものはなかった。六くらいからは飽きてきて、もうどうでもよくなってきたけど。
そして十二、で最後の段を踏むはずだった。
「十二……?」
奇妙な声を出したのは、たぶん俺だったと思う。
もう一段あったからだ。
いや、もしかすると階段って一段あがったところから数え始めるんだっけ、と、そのときは心底肝が冷えた。
そうして――最後の一段、十三段目を同時に降りた。
「うわっ!」
「なんだっ!?」
俺たちは同時に叫んだ。
何しろ、それまで堅かった地面が急に柔らかくなったんだからな。
俺はバランスを崩して、亮も踏み外して廊下に叩きつけられた。
「痛ってえ、なんだいったい?」
いったい何を踏んだのか、よくわからなかった。
目を凝らしたあと、その目を疑ったよ。
「お、おい。亮。亮っ!」
慌てて亮を揺さぶった。
「あれ、あれ!」
そこには誰かが倒れていた。
ちょうど階段の下で真横に倒れ込んでいた。
俺も亮も言葉を失ったよ。
何しろそこには、あちこちぶつけて真っ赤に染まった死体があったんだからな。
そうだ。
それは死体だった。
だって踏んだときに確かに柔らかかったんだから。
そいつはぴくりとも動かなかったし、確かに質量があったんだからな。
「……し、死体?」
「う、うそだろ。だって……」
唐突に現れたようなその死体は、うつ伏せになっていた。
俺たちは二人してそろそろと死体に近づいた。本当は死体じゃないかもしれない。でもそれなら、こいつは一体どこから現れたんだろうってな。
俺たちは同時に死体を覗きこんだ。その瞬間――。
「うわああああああ!」
そいつはぐりんと首を動かしてこっちを見ると、手を伸ばしてきた。
俺はなんとか這い上がろうとして、床を這うようにして、それで……。
――……。
「それで、気付いたらここにいた」
そう言って仁は進行役を見つめた。
これで四つ目の話が終わったことになる。
だが、進行役からありがとうございましたの声がかかることはなかった。彼はじっと、仁ではなく亮を見ている。
「どうかされましたか」
仁が振り向くと、亮は脂汗を垂らし、握った拳をぐっと太ももに押し付けたまま下を向いていた。
ひどい熱でもあるかのようだ。
「何か補足でもあればどうぞ。どうせここには俺たちしかいません」
「いや。これであってる」
亮が何か言う前に、仁は言った。
「そうだよな?」
仁は再び振り返る。
「僕は行きたくなかったんだっ!」
突如教室に響いた叫びにも、進行役の男子生徒は眉一つ動かさなかった。
亮は今にも泣きだしそうな顔で、誰に言うでもなく叫んだ。
「行きたくなかったのに! 無理やりっ!」
仁はぎょっとして、亮の頭を掴んでいた。
「うるせえよ何言いだすんだよ! スイマセンこいつ錯乱してて!」
仁は思わず立ち上がり、亮の肩を掴んで椅子に抑えつける。
「篠原君が僕を連れていったんだろ、あそこに!」
「なんか文句でもあんのか? あ!?」
「では、照沼先輩はこの話は違うと」
「篠原君に無理やり連れてかれたんだ! 笑って! 幽霊と同じにしてやるって! 僕のことを突き飛ばそうとしたから、僕は逃げたんだ! そしたら――そしたら――」
「黙れよこのグズッ!」
亮の胸倉を掴んだ瞬間、全員の視線が突き刺さった。
はっとして辺りを見回す。
亮は何とかその手を離すと、喉をおさえながら続けた。
「あの真っ赤な死体が見えた時も、僕に触らせようとして突き飛ばして――自分だけ逃げようとしたじゃないか」
その言葉を最後に、亮は黙りこんだ。
仁は今や自分を取り囲むような全員の視線を受けながら続ける。
「は? なんだよ、意味わかんねえよ」
沈黙を裂いたのは、仁の声。
呟くように言う。
「俺の話に文句でもあんのかよ。どうせお前らだって好き勝手言ってるんだろうが。なあ!」
挑戦的な目線で全員を指さしてやるが、誰も何も言わなかった。
反射的に進行役を見る。
どうせ眼鏡なんかかけてるような奴はヒョロくて内気で暗いような奴ばっかりだと、仁は思っていた。だが、赤い夕陽に照らされたまま、無言で見返してくる進行役は妙に恐ろしく思える。
彼が恐ろしいのか、それともこの夕陽が恐ろしいのか。次にかけるべき言葉を無くし、内側から湧き上がってくるものを隠すように凄む。
「……大体お前だって、一年の癖に――」
「やめてよ! こんなとこで争ってどうなるの?」
真原かずさが泣きだしそうな顔をして叫んだ。
その隣で、宇野真理亜が真っ青な顔をしていた。
不穏な空気が教室を包みこんでいる。
やがて進行役は、落ち着いた口調で続けた。
「違う目線で見れば、違う話になることもある――それでいいと思います」
全員の視線が進行役に向けられる。
「そんなものです。まさかどちらかが嘘をついているということもないでしょう。いえ、そう願いたいものですね。この怖い話会では……何が起きるかわからないんですから」
全員が沈黙したままだった。
無言の同意をしたようだ。
「それでは、ありがとうございました」
進行役によってなされた挨拶は、不思議な魔力でもあるようだった。
もはや誰もが、この教室での奇妙な現象に慣れきってしまっている。仁もまたその言葉に従うように、納得いかない気分ながらも自分の椅子に座った。
亮も相変わらず下を向いたままだったが、それ以上何も言わなかった。
――面白くねえ。
だが、それを伝えることもできなかった。
何より、それ以上に不気味な一致があったからだ。
ここまで話された四つの体験談が、すべてこの学校の怪談であるということは、何か特別な意味があるのだろうか。
うすら寒い空気が、教室に満ちている。
残りの人数は五人。そのうちの三人が、ちょうど真ん中で三人固まって不安そうにしているから、たぶん知り合いなのだろう――そして、同じ体験をしてここに来ていたのだとしたら。
今四話目を話したから、あとは三話だ。
そうしたら――。
仁はちらりと時計を見た。
「クソッ……」
時計は相変わらず、四時四十四分をさしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます