怪ノ三十六 駐車場の車

 大学に入ってから、駐車場が妙にでかいなと思っていた。

 考えてみなくても当然のハナシだ。学生だって車で来る奴もいるのだ。


 大学そのものの敷地もでかかったし、大学院もある。一度社会人になってから再び来るタイプもいたから、年齢層は幅広い。そのぶん駐車場が広くても当然だった。


 かくいう俺も、中古の軽を貯めに貯めたバイト代ではじめて買ったあと、車で通うようになった。ペーパードライバーになるつもりはなかったし、かといって変に放っておいて腕が鈍っても困る。

 運転の練習がてら大学に車で通うようになったのは、自然な流れだ。


 もともと高校と違って、クラス全員が同じ授業を受けるということもないし、友人がいなくても気にならなかった。俺一人くらい帰り道が別になっても、誰も何も気にしない。いっそ好きな音楽やラジオを聞きながら帰るのもオツなものだ。


 最初のうちは、自分の学部から少し遠い駐車場に停めていた。俺たちが普段使っている教室棟とは真逆にある駐車場だ。ただ、そこのほうが停められる台数も多いし、車でも侵入しやすく、おまけに広々としている。

 それでも運転に慣れてくると、どうにか近いところに停めたくなった。

 入学以来あまり気にしていなかったキャンパスマップを手に、

 自分たちの使う学部に近い駐車場は、少し狭くて、出入り口もわかりにくい。どのルートから入ろうかと考えていると、ふと視界の隅にもうひとつ、駐車場のマークを見つけた。


「お? こんなところに小さい駐車場があったのか」


 普段使っている教室棟に一番近いところに、小さな駐車場があるのだ。マップからすると本当に小さなそれがぽつんと開いているのだ。

 もしかすると教授や先生たちのものかもしれない。

 偶々通りすがった先生を呼び止めて、なんとなしに尋ねた。


「ここかあ。別に停めてもいいと思うけども」

「専用駐車場ですか?」


 もちろん、教授たちの、という意味だ。


「いや、違うよ。ただ、昔ちょっと事故があって、みんな遠ざけてるんだ。って言っても、主な原因は手があんまり入ってないことだな。雑草とか凄くてなあ。近いことは近いんだが、まあ見ればわかる」


 そんなにか? とは思った。


「ま、車で来るなら気を付けて運転してこいよ」


 先生は俺の肩を叩くと、そう言った。

 そういわれると、どれほど凄まじいところなのか気になってくる。なんとなく思いたち、一度場所くらい見ておこうと足を運んだ。


 場所はそう遠くなかった。

 切り開かれた大学とは違って、藪と木々に囲まれた中にそこはあった。場所としては、十数台も停めればいっぱいになってしまうような小さな駐車場だ。藪に囲まれているせいか、少し暗くてひっそりとしている。地面のコンクリートからは緑色の雑草が生え、場所そのものが隠れるように存在しているのだ。あまり手は入れられていないようにも見える。

 だが、場所としては抜群だった。

 思ったよりも近くて、今まで気が付かなかったのが不思議なくらいだ。


 駐車場には赤い車が一台停まっていて、しばらく見ていると、若い女性が一人、繁みの向こうからやってきた。たぶん学生のようだ。彼女はふらふらと赤い車に乗りこむ。ちゃんと利用者もいるようだ。

 かくいう俺自身も、車もないのにこんなところに突っ立っているのも変だろう。

 不審者だと思われても困るし、踵を返そうとした。


「きゃーっ!」


 女性の悲鳴に慌てて振り返る。

 直後に、突然ボンッという凄まじい音がしたかと思うと、急速に充満した煙の中に、燃え盛る赤い車が見えた。


「た、大変だ」


 慌ててスマホを探るも、どこに電話すればいいかパニックになる。

 警察か? 消防か? そもそも何番だった?

 しばらくアプリくらいしか使っていなかったせいで、まずどこの画面にすればいいのかすらわからない。その間にもバンバンと窓を叩く音が耳に届く。

 視界が白く染まり、慌てて振り向いたとき――。


 辺りには何もなかった。


 俺はスマホを片手に、茫然と何もない駐車場を見つめた。それから急にぞくりと鳥肌が立ち、慌てて駐車場から逃げだした。

 授業も休み、それから二日ほど引きこもった。


 後日、俺に駐車場のことを教えてくれた先生に、尋ねる機会があった。


「事故の話だって?」

「ええ、何があったのかなって」

「うーん。人死にが出たから、そんなに面白い話じゃないんだが」

「人死に? 誰か死んだんですか?」

「ああ。院生の女の子だったんだがな、泊まりこみで研究してた熱心な子だったらしい。帰る前に車の中で仮眠してたらしいんだが、バッテリーがあがったかなんかで、車が爆発して炎上したらしいんだ。中にいた女の子は逃げ遅れて焼死。当時は新聞にも載ったよ。かなり昔の話なんだが、何年前だったかなあ」


 俺は茫然としながら言った。


「……それ、もしかして……赤い車でした?」

「え? ……ああ、確かそうだったよ。どうして知ってるんだ?」


 それから俺は、あの駐車場には絶対に停めてない。

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