怪ノ三十五 小屋の顔
小学校の裏庭、っていってピンと来る人っているかなあ。
人によっては先生たちの駐車場とか、むしろ敷地を飛び越えて、裏山とか想像する人もいるかもしれないね。
説明しておくとね、あたしたちの普段使ってる校舎の裏に、柵との間にちょっと空間があったの。一応レンガ作りの小道とかもあったんだけど、他は草ボーボーだったから、あんまり人は近寄らなかったかな。
まあ、特に何もなければ子供たちがひっそり遊ぶ場所になってたんだと思う。
……何もなければ、ね。
その裏庭にね、小屋が一つあったの。
校舎と同じような作りだけど、だいたい大きさは教室一つぶんくらいかな。なんか、教室ひとつだけ抜きとってそこに置いたみたいな大きさ。窓と扉は一つだけだったけどね。だけど、その窓と扉には木が打ちつけてあって、入れないようにしてあるの。
普通、鍵くらいじゃない?
だから、色々と噂はあったよ。
あそこで昔何か得体の知れない研究をしてたとか。元宿直室で、当時の先生が女の子を連れこんでイチャついてて閉鎖されたとか。成績の悪い生徒を閉じ込めて勉強させたり、悪いことした生徒のお尻を叩いたりするお仕置部屋だとか……。
だけど一番多く浸透してたのは、”窓に映る顔”。
さっき、窓が木で打ち付けてあるって言ったよね。全部見えないわけじゃなくて、結構雑にやってあるんだよね。その隙間から中が見えるんだけど、そこから顔が見えるっていう話。
まあ、よくある怪談だとは思うんだけど。
不思議なことに、実際に見た奴がちらほらいるんだよね。
学校のクラスにさ、ひとりくらいはそういう話が好きな奴っているじゃん?
クラスの全員にじゃなくて、仲の良いグループに。
で、そうすると、その話を聞いた奴のなかで、見に行ってみようとか、オバケとかバカじゃねーのって奴も当然出てくる。
そうなるとどうなるか。
たいていそういう話をするのは休み時間くらいだから、行ってみようということになる。もちろん放課後のことだってありえるわね。まあどっちでもいいわよ。
そういう時ってたいてい見えないのよ。
怖いのとちょっとしたワクワク感を覚えながら大勢でわらわらーっていくわけでしょ。そりゃ幽霊がいたとしても出てこないでしょう。男子が混じってたりしたら余計出てこなさそうだし。小学生男子なんて、下ネタで喜んでるような生物よ?
だから、ほら何もいねえだろ、ってことになる。
半分くらいは見るのに飽きて、滅多に来ない裏庭で遊び始めることになる。
だけど、噂は絶えない。
何年何組の誰かが見たらしい、って噂が流れると、実際にその子は既に学校を休みがちになってて転校してしまうとか。
もちろん偶然の産物に噂を重ねてるって可能性もある。
それに、他のクラスや学年のことなんて実際わからないからね。
こういった話って、自分のクラスからは絶対に出ないのよね。
でも、私のクラスからは出てしまった。
私のクラスの場合は、さっき言ったみたいな男の子だった。要は、誰かが怖がってるのを馬鹿にして、じゃあ見てきてやるよ、っていうタイプね。
いじめっ子……とも違うんだけれど、お調子者で、暴れん坊で、先生に楯突くようなタイプって言えばいいかな。本当に、クラスに一人はいるような子。
ええっと、そのときはどんな感じだったかな。
「はい、ウソ~!」
って声が唐突にクラスに響き渡ったのが最初かな。
私が関知してるあたりからだけど。あまりにでかい声だったから、なんだあいつ、って思ったんだよね。
「ンなもんいるわけねーだろ! バカじゃね? こいつバカじゃね?」
「だって噂だよ?」
「噂とか信じてバーカ!」
正直、何の話だかわかんなかった。
「なんで? お化け怖いの?」
「怖くねーよバーカ! そんなの信じてるお前らのほうがバカ!」
しばらくそんなやりとりを続けてた。私は他の友達とちらっと見ながら、まあいつものことだろうと思ってた。
「おーい、コイツらバカでやんの!」
私たちもそこでようやく、何の話なのか把握できた。
こういう時って他の男子が加わると、たいていその子に味方する。だけどその時は違った。
「あー、でも俺も聞いたことあるわ、それ」
「ほら、あるよねえ!」
「何年何組の奴が見て学校来なくなったってやつだろ。あれ、兄ちゃんの隣のクラス」
みんな震えあがった。
まあ兄弟がいればそんなもんだよね。情報は入ってくるっていうか。それでまあ、噂の話で盛り上がれば、その子は当然面白くない。
「なんだよお前ら、全員バカか!」
ってまあ、ふてくされちゃったわけね。
そこでチャイムより一足早く先生がやってきたもんだから、その場はお開きになった。そういう感じだったもんで、その子の中では色々くすぶってたんでしょ。
授業が始まればみんなそんなこと忘れちゃってたし、私も次の日になるまで忘れてたよ。
その子が学校を休むまではね。
みんな、「あーあいつ休むのか、珍しいなー」くらいだった。
「そういえばあいつさ、帰り際に裏庭に走ってったんだよ」
誰かがそんなことを言ったとき、みんな笑ったのよ。
「やっぱりあいつも怖かったんじゃねえの?」
「じゃあ、幽霊見たんじゃない?」
「きゃー!」
みんな、いい気味、くらいに思っていた。
その辺は男の子も女の子も問わずね。だってほら、いくら男の子たちだって、バカにされるのは嫌じゃない。バカにされたくないから一緒にいた子たちもいたから。
それに、風邪とかかもしれないじゃない?
とうぜん、明日になれば忘れ去られる話題のはずだった。
だけど実際、その子はそれ以来学校に来なくなった。ただの病気なら数日もすれば出てくるもんじゃない? しかもあれだけ噂のことバカにしてた奴が、ってことで、みんな気まずい空気になった。
プリントや宿題を届ける子、っているじゃない。
先生に頼まれてさ。
だけどその子も、親が出てくるだけで本人に会えないんだって。お見舞いに行ってもそう。
悪い事に、一週間もすると親のほうも出てこなくなった。
家の中はひっそりとして全部カーテンがひかれ、何度チャイムを鳴らしても誰も出てこない。しかも新聞までたまってきている。
別にそれまで普通だったのに。
最終的には、心配した近所の人が警察呼んでドア叩きながら「開けてー!」って叫んでいたらしい。
近所じゅうで有名になった。
それからしばらくして、ひっそりと隠れるように引っ越ししてったよ。
大人たちの間では借金や倒産の話が出て来たけど、一番有力視されたのは――子供の頭がおかしくなったってやつかな。
その周りの近所の人はみんな言ってたみたいだからね。
夜中に「あいつが見てる!」「あいつがいるー!」っていう子供の叫び声が聞こえてきたってやつね。
だけど子供たちだけはみんな知ってた。
あいつが幽霊を見たからだって。
私ね、思うんだけど。
この話のキモって、一人で見るかどうかだと思うの。
もしかすると、大勢でごった返してるときも本当は見えてたんじゃないかしら。ただ、人が大勢いるから気が付かないだけで。
ガラスって、反射の関係で私たちの姿が映るじゃない。
ほら、新幹線でトンネルに入った時とか、よくそうならない?
ああいう感じ。
だから、つまり……幽霊が映ってるっていうなら……本当は、小屋の中にいるんじゃなくて、私たちの隣にいたのよ。
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