怪ノ三十 幽霊の帽子
「うちが通ってた小学校にはさ、幽霊の赤白帽っていう都市伝説があったんだ」
「都市伝説? ”学校の七不思議”の間違いじゃない?」
修正を入れると、彼女は首を傾いだ。
違う小学校からやってきた彼女とは、中学生になってからの友人だった。教室の片隅で、話の弾みで学校であった怖い話の話題になったのだが、どうも曖昧で、雲行きがあやしい。
「ああ、学校にある幽霊話って、そういうんだっけ? でも、七つあったかなあ」
首どころか眉にも皺を寄せ、七つ七つ、などと言いながらあらぬ方向を見始める。
彼女の話が別方向にいかぬうちに、今度は話そのものを修正する必要があった。
「それはともかく、どういうハナシなの?」
尋ねると、彼女の軌道はたやすく戻った。
「んー。それがさあ、ちょっと変わってるんだよね」
「変わっている? って、なに?」
「うん。幽霊の赤白帽っていわれると、どう思う?」
いや、どうって言われても――と返答に困ったものの、彼女は勝手気ままにまた話しだした。いい気なものだ。
「うーんとね。三年生のあるクラスで、体育のあとに、教室に赤白帽が落ちてたの。先生がこれ誰の? って聞いても、誰のものかさっぱりわからない。名前もないし、本当に誰のだろうってなったときに、誰かがこういうんだ。「それ、幽霊の赤白帽だよ!」って」
「うんうん」
適当に相槌を打って、先を促す。
「クラス中がざわついたけど、先生はそんな話知らなくて。とりあえずその辺に置いといて、みんな忘れちゃった」
「ふうん?」
「それで、先生が帰り際になっても持ち主の現れない赤白帽をどうしようかって思って、手にとるの。赤白帽は白いほうが表になってたんだけど、ふと裏返すと……」
彼女は赤白帽をひっくり返すような仕草をする。
「そこには大量の血と髪の毛が……!」
「うわっ」
突然上ずった声に、こちらも驚く。
「……っていう話なんだけど」
けれども、彼女は私の驚きなど意にも介さずに続けた。
「でさ、この話、変じゃない?」
「なにが?」
「そもそもそういう話だったらさ、「幽霊の赤白帽」について説明があってもおかしくないと思わない? たとえば、体育の最中に事故った子がいるとか。なんで突然大量の血と髪の毛が出て終わってるんだろう?」
彼女の言い分を、私はかみ砕いて考えた。
確かにそうだ。
途中で「幽霊の赤白帽」という単語は出てくるが、それがどういった代物なのかはまったく出てこない。
「覚えてないだけじゃなくて?」
「元からこういう話だったよ」
「まあ、幽霊の赤白帽っていうくらいには、その赤白帽の持ち主だった子供の幽霊ってことなんだろうけども」
「あとは、赤白帽そのものの幽霊とか?」
「それは……どうなの」
人間の幽霊ならまだしも、赤白帽そのものが幽霊って、今いち考えにくい。
話の内容もさることながら、話そのものも不気味だ。
「確かめてみることもできないし。赤白帽って、中学では使わないしさ」
「それもそうだね」
二人とも弟も妹もいないはずだ。誰かに協力を仰げば別だが、まずこの話をもう一度する必要がある。忘れっぽい彼女がもう一度説明してくれるかもわからない、と、私の中では別の問題も浮上していた。
この話はこれで流してしまおうかと思ったとき、彼女がもう一度言った。
「……ねえ、赤白帽ってさ、中学では使わないよね……」
「そりゃそうじゃん。何言ってるの?」
最初は彼女がつい同じ話をしたのかと思った。
けれども彼女の視線の先に目をやったとき、我が目を疑った。
赤白帽が、教室の中に落ちているのである。
白い帽子だった。
おそらくあの内側は赤くなっているのだと、二人して思った。何しろ遠めで見てもわかるくらいなのだ。まるで誰かがたった今落としていったかのように、ぽつねんとそこに落ちている。ここにあるはずのないものが。
幽霊は話をしていると寄ってくる、という。
それなら、あの赤白帽はどこからやってきたのだろう。どうして教室に突然のように現れたのだろう?
「いや、……さすがに、ないでしょ」
彼女は言って、立ち上がった。あの赤白帽の、赤い内側を見るつもりなのだろうか。
あの内側には、彼女の持ってきた噂話のように、血にまみれた髪の毛がへばりついているのだろうか。
ごくり、と息を飲む音が聞こえる。
奇妙な緊張感が走る。
私は彼女がそれを拾い上げる瞬間を、恐怖とともに少しだけ期待していた。
「やっぱ、やめよう」
彼女は真っ青になりながら言った。
くるりとこっちを向いて戻ってくる。赤白帽なんてなかったみたいに。
「……そう、だね」
私はぎこちなく言った。
私たちはそれ以上何も言わずに、何もなかったことにした。それが賢明なのだ。赤白帽はいつの間にか消えていて、言いたくても何も言えなくなってしまったが。
だが、どうしても私は気になってしまうのだ。
あの赤白帽の中には何があったのか。
もしかすると、あの中には確かに幽霊の印があったのかもしれない。
いつかまたそのうち、私の目の前に赤白帽が現れることがあったら、そのときは――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます