怪ノ二十八 呪いの石膏像
ねえ、美術室の石膏像って見たことある?
そう、あの白い石膏像。胸像っていうんだっけ、授業じゃまったく使ったことないよね。一応、教材のはずなのにね。
まあ、それでなくともあの石膏像に近寄る奴なんていないけどね。
それが今から話す、石膏像の話。
あの石膏像は、今は二つしかないけど、以前は三つあったの。
そのころには、美術の時間にそれを使って――ほら、デッサンっていうの? 鉛筆とかでシャシャッて描くやつよ。ああいうのを描く授業がちゃんとあったの。一つのクラスには三十人前後の人間がいるでしょう? だから、十人前後のグループに分かれて、石膏像を囲むようにして絵を描くのよ。
まあ、囲むっていっても、だいたい顔のほうを描かせるじゃない? それに対して三十人近い人間が、いっせいにひとつの石膏像を前にするのは無理がある。どうしても見えやすいとか見にくいとか、背後からしか見えないとか出ちゃうからね。
それで、三つくらいあったらちょうどいいわけよ。
だけど、そのうちの一つが問題だった。
その石膏像は生きている、という噂があった。
……。
生きている、って言われてもねえ。
ものすごく漠然としてるわよね。
だいたいそんな噂があったとして、そんなのただの噂だってみんな知ってる。
きゃーきゃー怖がってる子だって、実際使う時になれば真面目な顔して――まあ、少しは抵抗感はあったかもしれないけど、使ってたわけよ。授業放り出してまで、「使いたくない!」なんて子はいなかった。
大体、学校の噂なんていっても、ほとんどはそんな噂そのものを知らないか、特に気にしていなかった。知ってる子だって、みんなが嫌がらないから、その石膏像に当たってもしょうがないかって感じだったんじゃない?
怖がったりはするけど信じてはいない、みたいな感じかしら。
ただ、じっさい、その石膏像は生きてるように見えたのよ。
目のところが少し欠けていて、影ができてたってだけなんだけどね。その影のせいで、見ようによってはじっとこっちを見ているように見えるってだけね。
それでも、やっぱり一人でいるときに見ていたり、持ったりするのは気持ち悪いわよね。女子なんかはそれとなく片付けから遠ざかったりしていたから。
それでも、割を食うのはだいたい女子。
男子なんかは片付けそのものを面倒臭がって、ほっぽりだして行っちゃうから。そうなると、女子の中でもひときわ手の遅いノロノロした子が片付けることになる。
不運だったのは、その子がこの怪談を恐れていたってこと。
その日、最後の片付けを押し付けられたその子は、ひどく憂鬱そうな顔で美術準備室まで返しに行くことになった。
隣の部屋なんだけれど、もうみんな片付け終わって、教室に帰ろうとしている。数少ない友達は、「先に行ってるよ」と薄情なことを言って教室に帰ってしまった。先生も準備室に鍵をかけなきゃいけないから、待たせるわけにもいかない。
彼女はモタモタしながら、そろっと石膏像を持ちあげて、美術準備室まで歩いた。
――やっぱり気持ち悪いなあ。
はっきりいって胸像なんて生首のようなものだし、噂は怖いしで、そんなもの持ちたくないわよね。ふわっとした感じで持っていたのよ。
それが災いしたのね。
「あっ!」
それこそもう、あっ、という間に手から滑り落ちてしまった。
彼女はとっさに自分をかばってしまった。石膏像はスローモーションのように床に落ちて、大きな音を立てた。
割れた小さな欠片が床に散らばり、大きく顔にヒビが入った。
彼女は真っ青になった。
何しろ、生きているなんて噂のある石膏像を壊してしまったんだもの。それでなくとも、学校の備品を壊してしまったんだからね。だけど、後者の心配はあっという間に吹き飛んでしまったわ。
彼女は確かに見たのよ。
ぎろり、と石膏像が自分を睨むのをね。
その瞬間、彼女の顔面に痛みが走った。
「きゃああああああーーっ……」
準備室を突き抜けて、廊下じゅうに悲鳴がとどろいた。
廊下にいた生徒たちが、一斉に振り返ったわ。足が止まって、ざわざわと騒ぎ立てる。
「どうした、大丈夫か!」
美術の先生が飛んできたときには、彼女はうずくまった状態だった。
落として、怪我でもしたと思ったんでしょうね。
「せ、先生……先生、わたし……」
彼女が降り返ったとき、先生はぎょっとした。
彼女の顔にはヒビが入ったように傷が入っていたからだ。それはちょうど、石膏像の割れたヒビと同じだった。
そして、地面に転がっている石膏像は、まるで睨むように彼女を見上げていたそうよ。
それから、石膏像は廃棄処分になった。
石膏像が二つしかなくなったのはそんな理由よ。
けれども、ヒビの入った彼女の顔は、二度と元に戻らなかった。血がとまっても、彼女の顔には赤い線のようなヒビが入ってた。彼女の顔はどんなことをしても治らず、やがて医者もさじを投げた。
彼女は石膏像に呪われてしまったの。
しばらくして、彼女は病院の屋上から飛び降りたわ。
一生傷のついたままの顔で生きていくことに絶望した。そのことは彼女には伏せられていたんだけど、看護婦さんたちの噂話って、意外と声が大きいのよ。彼女の耳にもちゃんと入ってしまった。
病院の屋上から落ちたときの彼女は、石膏像のようにバラバラになっていて、自殺にしてはおかしいとまで言われたようね。
でも、そこまで含めて石膏像の呪いだったのかも。
生きている石膏像の呪いよ。
どうしたの? そんなに私の顔をじろじろ見て。
――私の顔に何かついてる?
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