怪ノ二十五 土のなか

 うちの小学校には、いつも土が盛られているところがあった。

 いわゆる遊具のある遊び場からは離れているので、誰も近寄らない。ただ、土が山盛りになっているというだけだ。

 特に変なところもないが、職員室の裏手にある小さな庭先の、更に片隅にあった。庭といっても庭園のようなものではなく、生徒たちの植木鉢が並べられたり、あくまで教育用のものだ。さすがに職員室からの眺めの問題もあって、藤棚があったり、その下には岩に囲まれた小さな池があったりして、時折、休み時間に恐れ知らずの生徒が鯉を見に来たりしていた。

 そんなところにあったから、プランターの土に使うのかな、程度に思っていた。

 猫のフンだか犬のフンだかがあるとかいう噂くらいはあったけれども、他に何があるとも言われなかった。せいぜい、そこの土で遊ばないように、というお達しがあったくらいだ。


 ただ、あるときを境に土は撤去されたのである。


 それは私が三年生のときだ。

 進級してまもなく、ゴールデンウィークを過ぎたあたりの頃。

 ある日の授業で外に呼びだされた私たちは、わけもわからぬまま職員室の裏手に集まった。普段とは違う授業にがやがやと騒がしくする私たちを並ばせ、先生は名前の書かれた教材用の植木鉢をみなに配った。

 隣にはスコップでできた山がある。


「それでは、今からこの植木鉢に土を入れまーす! このあたりまで土を入れてくださいね!」


 先生は植木鉢を手に、独特の諭すような口調で説明する。


「それじゃあ、スコップを取ったら、好きなところの土を入れてくださーい!」


 こうなるともう生徒たちの天下だ。

 我先にスコップを取って散っていく。固まって笑いながらその辺の土を入れる女子、池の周りにある岩に乗りだす男子、きょろきょろと一人で探す女子、われ関せずといった風に木陰の土を採取する男子。


「土を取ったら先生の所に来なさいね」


 一番早いグループなどは、既に土を植木鉢に入れている。今度は先生に貰ったヒマワリの種を、土に開けた穴に入れるのだ。

 それだけの作業が終われば、あとはもう時間が来るまでは自由時間なのだから。

 私もどこの土を入れようかと考えあぐね、なるべくいいところの土を探そうとした。

 すると、目に入ったのがその土だった。誰も目に入っていないかのように誰もおらず、しめしめとばかりにそこへ歩み寄った。

 たぶん、猫のフンや犬のフンを警戒して誰も近づかなかったのだろうが、そのときの私はそんなことをつゆほども考えなかった。ただ、誰もいなくてラッキーぐらいの感覚だ。

 私はさっそく先生のところへ行った。先生は、他の子の植木鉢を使って、おしゃべりをしながらヒマワリの種を植える実演をしているところだった。後ろから覗きこんで眺めたあと、貰ったヒマワリの種を土に植えた。


 ヒマワリの種を植えた植木鉢は、そのまま職員室沿いの壁に置かれることになった。番号順に並べられたヒマワリは数日もすると育ち始めた。いったい誰が水をやっているのだろうと思っていたが、おそらく先生がやっているのだ。


 次の理科の授業から、時折そこへ行って観察をする、というようなことがよくあった。

 だが、次第に私は不安になりはじめていた。

 私のヒマワリだけが成長しないのである。

 伸びてはいるものの、力を失ったかのように小さく、ぐったりとしている。いったいどうしたのかと先生も覗きこみはしたり、「置き場所を変えてみるね」と言ってはくれたが、中々成長しなかった。


 さすがにこのころになると、私のヒマワリだけがおかしいということはクラスの中でも有名になっていた。

 何しろ、他の子たちのヒマワリがぐんぐんと伸びている中、私のヒマワリは途中で成長が止まってしまったかのようなのだ。


「土が悪いのかしら。でも、何もおかしいところはないし。変えてみるのも手だけど」


 私は放課後にひとり呼びだされて、結局、土を変えてみることにした。

 先生に見守られる中、ヒマワリを切らないように気を付けてひっくり返す。そうして根から土を叩き落としていたとき、根にまきついた白いモノが落ちた。


「……なにこれ?」


 白いモノにはどろどろとしたものがところどころ巻き付いている。

 動物の骨のようだった。

 軽くヒマワリを降ると、絡まった根のところから後から後から出てきて、一匹分の骨になった。いくらなんでも、土を入れる時にわかるだろうというような量だ。あの小さなスコップでこれだけ掘り起こせばいくらなんでもわかる。私は驚いて、悲鳴をあげた。

 蒼白になった先生が、あの土の塊を掘ってみたところ、他にも猫の死体が見つかった。先生の喉からは悲鳴があがり、庭に続く職員室の扉から慌てて他の先生たちが駆けだしてきた。


 私は他の先生に付き添われて教室に戻り、そこから先の授業は臨時の先生がやった。理由は「諸事情」ということで伏せられていた。

 それから私たちはしばらくヒマワリに近づくことはなかったが、数日後に理科の授業でヒマワリの観察が復活したときには、私のヒマワリは小さいながらもきちんと他の子と同じような成長をした。


 あの猫の死体についてはかん口令が敷かれたが、殺した猫の死体があそこに埋められていたという話が持ち上がった。

 犯人として近所の変人が捕まったという噂も流れたが、真相は定かではない。

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