怪ノ二十四 裏門の老婆
それはまだ、私が小学生だった頃のこと。
私の小学校は古い住宅地の中にあって、学校のすぐ裏手に家がある子や、結構な古い家に住んでいる子もいた。
それでも、声がウルサイだとか、近所からその手の苦情が入ることはなかった。
その代わりとでもいうように、いつも小学校にはいってくるおばあさんがいた。
一週間に一度あるかないかの頻度で、学校の裏門から入ってくる。給食室に面したところにある花壇に座り、ニコニコしながら裏門を使う生徒たちを見ていた。
近所の人だと思っていたから、挨拶くらいはしていた。たいていはニコニコしながら「あい、おかえり」なんて声をかけてくれる。子供たちからすれば、特に害にも薬にもならない人だった。色んな意味でおおらかだったんだろう。
気付いた先生たちが一応声はかけたり、帰る子たちへの挨拶がてら、近くで気にかけていた。するうちに、お嫁さんとおぼしき人が「すいません、すいません」といいながら無理やりに連れて帰るのだ。
今思うと、あれは徘徊の一種だったのだろう。
認知症という言葉が一般的になっていないころのことだったから、ただ散歩に来ているおばあさんだとばかり思っていた。むしろ、困ったような怒鳴るような声でおばあさんに接する女性に対し、「なんてひどい人なんだろう」と思いながら見ていたくらいだ。
それはもう学校生活のサイクルのひとつになってしまっていて、私たちにとっては見慣れた光景のひとつになっていた。
だが、ある頃からおばあさんの姿を見ることはなくなっていた。
「最近、あの人見ないね」
気になったわけではないが、話のついででつい口にした。
「あの人?」
「ほら、裏門の所の……花壇のところによくいるおばあさん」
「ああ、あの人」
友達は合点がいったようにうなずく。
「あの人、亡くなったみたいだよ。あたしの家、あの人の近所なんだけどさ。先月あたりに」
「へえ?」
知らなかった。けれども、いわゆる「名物婆さん」だったから、一度も耳にしないのもオカシイ、と思っていると、急に話を聞いていたらしい男子が口を挟んできた。
「えっ? そんなはずないだろ」
男子の一人がいう。
「だって、昨日もそのバアさん、裏門の所にいたぜ」
「ちょっと、そんなこと言うのやめてよ。不謹慎だよ」
友達は目に見えて嫌な顔をして、男子を睨みつける。
「何言ってんだよ。お前のほうがよっぽどフキンシンじゃん。まだ生きてるのに死んでるなんて。なあ? お前も昨日、挨拶したじゃんな」
別の男子に同意を求める。
「何の話?」
「裏門の所の婆さんだよ。昨日見ただろ」
「あー、うん、いたいた。先生もまだいなかったから、一人で座ってたよな」
「ほらな」
どうにも判然とせず、女子と男子の対決になりかけた。
そのときクラスにいた何人かで聞いてみた。
すると、昨日も見た、一昨日くらいに見た、というような子がちらほらと現れた。中には、石蹴りをしている最中に花壇に当たって、近づいて顔をあげたらいた、というような具体的なものまであった。
それは男子だとか女子だとかはもう関係なく、男子の中にも「どこそこの葬儀場で名前が出ていた」――この葬儀場の名前はみな共通だった――という子もいたし、女子の中にも「二日くらい前に見た」という子がいた。
その場はお開きになったが、このままではらちがあかなかった。
すると、数日もすると妙な噂が立った。
死んだはずのおばあさんが幽霊になって裏門の花壇のところで腰かけているというのである。
それも当然のことだ。
葬儀をしたという話もあるし、実際今月に入ってから、誰もおばあさんに先生がついていたり、女性が連れ戻しにくるところを見ていない、という話もあるくらいだ。
ついには学校側が、「あのおばあさんは亡くなっているので、妙な噂をしないように」というお達しを出してきた。
一旦はそれで沈静化したものの、では生徒の一部が見たものはなんだったのか。
その後もおばあさんを見る人は絶えなかった。
「おばあさんを見た」と泣きだす子まで現れるまでは恐怖心からの幻覚だと言い訳が立ったが、ついには学校にやってくる保護者が「あの人、死んだって聞いてたけどまだ生きてたのねえ」などと言いだし、外来の先生に「あのおばあさんは誰だい?」と聞かれたりもしたらしい。
学校側もさすがにどうにかすべきだと思ったのか、あるとき、近所の寺の住職が呼ばれたという。
おばあさんの葬儀を担当した人だという話も流れたが、定かではない。ただ、こっそりとお祓いだかなんだかの様子を見に行った子の言によると、こんなことを言っていたらしい。
「あの人、どうもこの辺りで迷ってるみたいだね。昔、学校ができる前くらいに、この辺に家があったんじゃないかなあ。自分の子供が帰ってくるのを待ちわびてるみたいだね」
それ以後おばあさんを見かけた人はめっきりいなくなったという話だ。
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