怪ノ二十一 貸し出しカード
図書室の本にはみんな、裏表紙の中に紙が一枚ぺらりと張ってあるのは知ってるよね。
借りた人の学年と組、名前を書くようになっている紙だよ。
自分が借りた本がわかるやつじゃなくて、本の中に入ってるやつのことだよ。
小学校の時ね、私はその紙に一番に名前を書くのを目標にしてた。
理由は単純に、本が好きだったのと、一番に借りたかったから。
今思うと、私はこれだけ本を読んでるんだぞって学校中にいいたかったんだと思う。
簡単な話、ただの自慢だよね。
ああいう本って、誰が借りたかすぐわかるんだよ。他のクラスの生徒ってあんまりぴんとこないんだけど、やっぱり自分だけは存在を主張したいっていうか。
まあとにかく、新しく貼られた紙の一番最初に名前を書きたかったのよね。
狙い目は、新しく入ってきた本。
前も、シャーロック・ホームズの本がはいったから、一番に借りに行ったんだ。教室にはりだされる図書室だよりのなかで次の新作として紹介されてたんだけど、そのときは、ふだんは本に興味なんかなさそうな男の子たちもじっと読んでた。
新しく入った本は、しばらくの間は借りることができないんだけど、そろそろかなってときを見計らって、急いで行ったよ。
内容は……どうだろう。あんまり覚えてないかな。
男の子はああいう小説が好きなのかも。だって一歩早く私が借りたのを恨めしそうに見てた子もいるくらいだもの。
そういうの、覚えてるんだ。
もちろん一度に借りられる本の数は決まってるし、一週間に読めるかどうかもわからない。だから、みんなが図書室に行かないうちに借りようと思ってた。
とにかく、そういうことをするようになって、しばらく経ったころのことかな。
いつもみたいに新しい本を借りに行ったら、もう名前が書いてあったの。
えっ、もう貸し出しオッケーになってたの? って、ものすごくびっくりした。だって今までそんなことなかったから。
名前を見たら男の子だった。すぐに男の子だってわかる名前だったの。
五年三組の、中谷信也。
その本もシャーロック・ホームズのシリーズの一冊だったから、ちゃんと覚えてる。どうしても借りたかったんだろうなって思ったけど、やっぱり悔しかったかな、そのときは。
だから次こそは一番最初に借りようと思った。
図書室だよりを見て、次の本がシャーロック・ホームズシリーズだって気が付いたときは、一番に借りに行った。
けど、だめだった。
そのときを境に、必ずその男の子の名前が貸し出しカードに書かれるようになった。
ホームズのシリーズだけじゃなくて、他の日本の小説とか、ナントカの科学とか、どんな本でも彼の名前が一番になっていた。
いやもう、競争といっても過言じゃないくらい。
図書室だよりが貼りだされるたびに一喜一憂してたよ。そのころになると、本を読むっていうより、本を借りることのほうが大事だった。
五年三組の中谷には絶対負けないって思ってた。
だけど、何度図書室に急いで行ってもだめだった。
前日までは借りられないようになってて、次の日の朝に行ってももう名前が書いてある。もう何度悔しい思いをしたか!
誰が「中谷信也」なのか確かめようとしたけれど、駄目だった。三組に知り合いなんていなかったし、そもそも聞いてどうするんだって話だよね。下手に「中谷が好き」とかいう噂が立っても迷惑じゃない。私が。
だけどどれだけ経っても、中谷信也に勝つことができなくなった。
新しい本って、月に一度、多くても三冊くらいなのよ。それで、あんまり古い本は処分したり、もうぼろぼろになってるものは奥にひっこめちゃう、みたいな。それなのにその三冊ともに全部「中谷信也」の署名があった。
ここまできて気にならないなんてはずがない。
だけど、実際に中谷信也に会うことはぜったいになかった。
目を皿みたいにして、夕方近くまでカウンターを見張ってたこともあったけど、それらしい男の子なんて一度も見なかった。
もしかして女の子なのかも、と思ったけど、どうやって読むっていうのよ。
シンヤ、しか読めないじゃない。
違う読み方をする子っているけど、「信じる」に「也」で他にどう女の子っぽく読めっていうのよ。
……ねえ、ところで、気付いた?
……おかしいよね?
名前を書く時って、家に持って帰る時じゃない。
もしかしたら夕方くらいに借りてるのかもって思ったけど、一日で返ってくるようなものじゃなくない? しかも、そんな朝早くに。
もしかしてこの名前って、いわゆる「書き方の例」として載ってるんじゃないかと思ったの。
でも、普通はそんなのって、ナントカ太郎とか、ナントカ花子みたいな名前で良くない?
古臭い名前っていうか。図書室にも「書き方の例」として掲示板にひとつあったけど、そこにある名前も、小学校の名前に太郎をくっつけた名前だった。しかも一年一組。
それで私、なんとなく図書の先生に聞いてみたの。
この中谷信也って人、いつ図書室に来てるんですかって。
「どこでその名前を知ったの?」
先生は慌てた様子だった。
最近はそういうのうるさいらしいから、生徒の名前が漏れてるのはまずいよね。でもそういうわけでもなかった。
「ここですけど」
私が本の貸し出しカードを見せると、先生の顔は目に見えて真っ青になった。
他に誰もいないことを確かめてから、そっと教えてくれたの。
「中谷君は本の好きな子でね。どんな本もいつも一番に借りていたの。だけど、何年か前に亡くなったはずよ。朝一番に学校に来ようとして、その通学路でトラックにひかれて……」
私はその話、信じられなかった。
だって、幽霊なんてバカバカしいもの。
信じられる?
そんなこと言いだしたら、私は幽霊と競争してることになるのよ。
でも先生の話が本当だとしたら、そんな悪趣味なことをしてる人がいるってことでしょ。それってどうなの? なんていうか、こう、良くないでしょう。
それで私、とにかくいったい誰が名前を書いてるのか確かめようと思ったのよ。
もしかしたら先生にからかわれてるのかもしれないし。
ちょうどそのとき、新しい本が入ってたから、朝早く、一番に図書室に行くことにした。図書の先生はまだ来てなかったから、飛びこんで本を抜きとったわ。
本の裏表紙をめくった途端、私は叫んだ。
いままで「中谷信也」と書かれていたはずの紙には、紙をはみだして、べったりとした赤い血で「ぼくがさきだ」って書かれてたんだもの。
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