怪ノ二十 カセットテープの声
その年の二学期の終わり、放送部のメンバーで放送室の清掃をすることになった。
「先生、なんですか、コレ?」
そのとき、段ボールの中から発見されたのは大量の黒や透明のケースのようなものだった。
大きさは片手に乗せられるぐらいで、いずれも真ん中に穴が二つ開いている。その穴に黒いテープのようなものが巻きつけられていて、片方なのもあれば、両方巻き付いているのもある。
「あ、なんだ。カセットテープじゃないか」
担当は五十代の先生だったが、正体は知っているらしい。
「何ですか、これ?」
「昔、ここで使ってたんだよ。ちょっと前だとMDとか知らないか? それみたいなもんだよ。今はもうもっぱらCDでかけてるから、使わないんだけど」
「ふうん?」
いまいちピンとこない。
片方の穴に指を突っ込んで回してみると、もう片方の穴と連動して黒いテープが行ったり来たりする。
先生が机の下に頭を突っ込んで、今度は黒い機械を取り出してくる。
「ああほら、カセットデッキもここにあった。まったく、いつから置きっぱなしだったんだろうな」
先生が呆れている間に、今度はそれぞれ貼られた白いシールに書かれた文字を読んでみる。人の名前のようなものもあるがさっぱりわからない。ただ、有名どころのアニメの主題歌が書かれたものを発見して、ようやく歌と歌手の名前なのだとわかった。
「残念だがみんな廃棄だなあ。しっかし懐かしいな。俺も昔はこれによくラジオとか録音してたんだよ」
「うっわ、先生、それ、いつの時代なの。ってか録音とかできたんだ」
「うるさいな。それに、学校の怖い話にもなってたんだぞ」
「怖い話ィ? どんな?」
放送部のメンバーが集う。ラジオがどうとかよりもよっぽど興味がある話だ。
「ここの学校に伝わってるらしい話でな。なんでも、流すと女の呻き声だかなんだかが聞こえるテープがあるらしいんだ」
「全然聞いたことない……」
「そりゃあ、最近はこの通りCDが主流だから、滅多に聞かないな。ただ、当時流行ってた噂ってことで職員室だけで伝わってるだけみたいだ」
「大体、このカセットテープっていつの時代のものなの~?」
わざとらしく聞いてみたが、先生ははっと我に返ったようで、そんなことより掃除の続きだと言って、話を切りあげた。
別の用事があるからと放送室を出て行く先生を尻目に、しぶしぶと掃除を再開する。カセットテープとやらは随分と数があって、中にはその黒いテープが飛びだして絡まってしまっているものもあった。
あさっていくと、時折、今でも知っているような名前の曲が手書きでシールに書かれている。クラシック系や、単に「昼の放送用」などと書かれているものもある。何個か掴んでゴミのビニール袋に移動させていると、ふと妙なカセットが目に入った。
タイトルが黒く塗られていて、「使用禁止」と赤で書かれているのである。なんだろうと思いながらビニール袋に入れようとしたとき、急に横から割って入ってくる声に遮られた。
「ね、さっき先生が怖い話があるって言ったじゃん?」
「うん?」
「もしかして、これじゃない?」
「ちょっと、やだっ。変なこと言わないでよ」
まるで腫物にでも触るように、思わず手から落とす。カシャンと小さな音がした。慌てて回収して捨てようとしたものの、それより先に男子の手が伸びた。
「いいじゃん、ちょっとかけてみようぜ」
「ええ……」
横で聞いていた男子も話に割って入り、引くに引けない状況になってしまった。何しろ近くにはおあつらえ向きにカセットデッキもあるわけだ。
「でも、使い方知らないよ」
「大丈夫だって! うちにあるラジオデッキと似たようなもんだと思うし」
使い方がわからないながらも、男子たちはコードをつなぎ、ああだこうだといじっているうちに、あっという間にセットしてしまった。三角の記号が書かれたボタンを、これかな、などと言いながら押すと、きゅるきゅると音を立てながらカセットが回りだした。
カセットの穴がゆっくりと回っているのが見える。
「おお~、まわった!」
「電池式だったらやばかったかもね~」
言っているうちに、音楽がかかる。
「なんだろう、クラシックかな?」
名前は知らないけれど、どこかで聞いたような音楽だ。たぶん曲を聞けば誰もが一度は聞いたことがあるんじゃないかと思う。
「なんだろ、吹奏楽の演奏みたいだね」
「うちの吹奏楽部なんじゃねえの?」
聞いているうちにノイズが走ったり、途中できゅるきゅる言いだして、音楽が飛んだ。
「これ、ひょっとして途中で壊れたりしたから使用禁止だったんじゃないの?」
まあ、そんなうまいこと怪談があるはずがない。段ボールのほうもボロボロだし、壊れたからと使用禁止にして奥のほうに置いといたらそのままにされていた、ということのほうが自然だ。
「あんまり聞いてると先生に見つかったら厄介だな」
「ま、一応動くかどうか確認してましたってことで」
そんなことをわいわい言っていると、きゅるきゅるいっていたカセットテープが急に止まった。
「あらら。ほら止まっちゃった」
「やっぱ壊れてたんじゃねえの、これ。回ってねーぞ」
男子のひとりが手を伸ばす。
「でも、まだなんか聞こえてこない?」
「止まってるはずだけど。なんか聞こえるか?」
全員が耳を澄ます。
テープはカチカチという音を繰り返していたが、全員が黙った瞬間に動きをとめ、穴の底から聞こえてくるような音だけを再生した。
『……聞いたな?』
すぐさまカセットは取り外され、廃棄処分にしたことはいうまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます