怪ノ十九 ついてきた

 それは、四年生になったばかりの五月のできごと。


「はーい、みんな静かにー!」


 四年二組の担任の先生が、手を叩く音がバスの中に響き渡る。

 それぞれ、あらかじめ決められた座席に座った僕たちは、ざわざわと周りの友人たちと笑い合いながらも次第に静かになっていく。


「おはようございます!」


 おはようございます、と生徒たちの声がそろう。

 四年生になってからはじめての遠足に、僕たちはやや浮足立っていた。

 ヒロもそうだった。手に持った緑色の画用紙を表紙にした「遠足のしおり」には、高原緑地と書かれている。

 普段と違う弁当と三百円分のお菓子に胸を膨らませ、バスは出発した。

 高原緑地は大きな緑地公園で、名前くらいは聞いたことがあった。もちろん近くに住んでいるわけじゃないから、何があるのかわからない。緑地公園、という名前からして、とりあえずだだっ広い公園であるということが想像できるくらいだ。

 実際のところ、ドッグランや運動用の屋外施設、プールなども併設する巨大な施設でもあると知ったのは、小学校を卒業してずいぶん経ったころだった。自由に行動していいのは中央にある芝生広場だけだったから、「やたら広い芝生公園と、大きな遊具があるだけの巨大な公園」程度の印象しか残ってないだろう。引率する大人たちにとってはそんなことは二の次だ。


 遠足前に決めたレクリエーションが進められていく間に、バスは一時間ほどの旅を終えた。

 バスを降り、先生に連れられて、公園内にある遊歩道をぞろぞろと歩く。遠足のしおりには遊歩道にある植物を書かなければいけない”課題”もあったから、時折思いだしたかのようにメモを取る子もいる。それでも、退屈な時間はあっという間にすぎた。

 芝生公園にやってきた僕たちはそのまま解散となって、お弁当を広げる場所を探し始めた。


「ヒロ、どこでメシ食う?」


 ヒロに声をかけて、辺りをさがす。普段から僕と仲のいい数人で自然と集まった。

 既に他のグループがシートを広げて、続々と芝生の上で弁当に手をつけていた。解散といっても固まって動いてきたので、近くは埋まってしまっていた。


「あっちにテーブルとイスがあるみたいだから、行ってみようぜ」


 誰かがゆるやかな坂になった芝生広場の下のほうを指さす。見ると、三角屋根のついたテーブルが幾つか見えた。


「おう、行こ行こ」


 急いでテーブル席のほうまでくだったが、既に女子が何グループかでテーブル席を占拠していた。大人数のところから、あまり目立たない少人数のグループが固まっているせいで、席がない。

 くわえて、遠足で来ているのはなにも僕たちの学校のメンバーだけではなさそうだった。短パン姿で黄色いぼうしをかぶった幼稚園児たちや、幼い子供を連れてきたお母さんたちがテーブル席を陣取っている。

 バスで来た僕たちにとって、こういった――近所に住んでる――お母さんたちというのはむしろ奇異に感じられた。


「やっぱ、戻るか?」

「あっ、待って。あっちに木陰がある!」


 指さされた方向を見ると、周りを木々に囲まれた木陰があった。芝生広場から少し遠いというのもあるせいか、誰もいない。

 ヒロたちはニヤリと笑うと、すぐさまそこへ入っていった。僕も一緒に後を追う。


「涼しくていいなー!」


 日はそれほど入らないが、明るい遠足日和のおかげで、暗いというほどじゃない。それどころか、少しひんやりとしていて気持ちがいい。小さな碑のようなものがあるが、隅のほうにあるせいか気にならない。まるで秘密基地のようだ。


「このあとさ、何する?」


 楽しい時間はあっという間だった。

 駄菓子屋で手に入れた格安のお菓子をみんなで交換していると、ふと、じっとこっちを見ている子供がいるのに気が付いた。


「お前、他のクラスのやつ?」


 背格好が僕たちと同じくらいであったせいか、そう思った。

 最近は「すぐ名前がわかってしまうとまずいから」という理由で、名札は登下校中は鞄のどこかにつけておいて、学校内で自分でつけることになっている。だからすぐには誰なのかわからなかった。

 だけども、その子はなんにも言わずにじっと見下ろしていた。

 白いシャツに短パンで、妙に白い肌をしている。

 こんな子いたっけな、と思ってひとまず無視していると、気が付いた時にはもういなくなっていた。少し遅かった僕たちが食べ終わっているくらいだし、もう食べ終わった子たちもいるはずだろう。だから、特に気にすることもなかった。


「あっちに変わった遊具あったから、行こうぜ」


 お菓子のゴミと弁当を片付けると、そんな子のことも忘れてしまった。

 僕らは芝生公園にいた他のグループと合流し、今まで遊んだこともないような巨大な遊具に夢中になった。木の上に作られた家や、そこから別の木のところに繋がったタイヤのロープウェイにまたがったり、ローラーのついた滑り台から一気に滑り降りたり。

 確か時間は二時くらいだったと思う。

 先生たちがもうすぐ時間だからと伝えに来て、僕らは名残惜しく思いながらも遊具から離れた。やがて笛がピピーッと鳴らされて、帰る時間がやってきた。


「あれ?」


 僕らのクラスの人数を数えていた先生が声をあげる。途中でわからなくなったのか、もう一度最初から人数を数え始める。


「どうしました?」


 三度目あたりで、隣のクラスの先生が声をかけた。何やら集まってひそひそしている。


「どう数えてもひとり多いんですよ。でも、知らない生徒はいないんです。そちらのクラスでひとり足りないことはありませんか?」

「いや、数はあっているようですよ」

「あれっ、本当だ。誰かの悪戯かなあ」

「誰か紛れ込んでいたら困りますね」


 先生は首を傾げながら、ぶつぶつ言っていた。

 僕らは別に何もしていない。でも、最終的に僕らはバスに乗った。このときから、奇妙に引っ掛かることがあった。

 帰り道、さすがに疲れて寝ている子も多かった。バスについているテレビでは見たこともないアニメ映画を流していたけれど、見ている子は少数だ。静かだったから、結局みんな寝てしまってたんじゃないかと思う。僕もウトウトとしながら、目を開けたり閉じたりを繰り返していた。

 そんなときだった。

 ふと外のガラスに目をやると、ガラスにバスの中の様子が映っているのが見えた。誰かがバスの真ん中の通路から、こっちを見ている。

 なんだ、起きてる奴もいるんだ。

 話でもしようかと、振り返ったそのときだった。


「ひっ……」


 あまりの無表情さに、思わず悲鳴をあげてしまった。

 白いシャツに短パンの、やけに白い肌の男の子が、僕を覗きこむように見ていた。こんな奴、絶対にクラスにいなかった。

 彼の顔が、急にニィッと笑ったかと思うと、その姿はすうっと消えてしまった。僕は今見たものが信じられず、目をつぶった。結局、バスが学校につくまで一睡もできなかった。バスを降りて見回してみたが、あの白いシャツの子供はどこにもいなかった。


 だけどそれ以来、僕らのクラスは一人多く数えられることが増えた。理不尽に怒られたりもしたけれど、誰もその正体を見つけられなかった。

 それは五年生に進級するまで続き、ようやっとクラスの人数がそろうようになった。


 だけどこの一件以来、四年二組の教室では「人数を数えるとひとり増えている」ことがある。どうも彼は進級せずに、そのまま四年二組に居着いてしまったらしい。

 僕らにとってはありがたいことだが、僕らの近くにあったあの碑が、慰霊碑だったと知ったのはだいぶ経ってからのことだ。楽しそうな僕らを見てついてきたというのが僕らの見解で、今も当然の話として伝わっている。

 そして四年二組では、未だに人数が増えていることがあるらしい。

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