怪ノ十八 空き教室
六時間目に体育を入れてくるのはやめてほしいと常々思っている。
昼食後とはいえ体力的にはそろそろ疲れがくるころで、ひどく億劫だ。
体育会系の部活がある奴なんて、どんな体力してるんだと思う。
おまけに授業の内容がサッカーともなると、サッカー部の連中だけがはりきるようなものだ。自分のような運動とは程遠い世界にいるようなメンツはゴールポストの付近でだらだらと談笑するくらいしか能がないのである。
とはいえそれが許されている緩い面もあるのがありがたいところだ。
サッカー部連中もそれはそれで大変で、変に気を抜けば、顧問や先輩に見つかった時に何か言われるのが嫌だという理由で、そこそこ力を入れているらしい。
だから、サッカー部を中心としたメンバーがボールを奪い合っているのを見つつ、暇を持て余しながら時折来るボールを蹴り返すのが主な仕事だった。
ため息をつきながら、視線をめぐらす。
向こうのほうでは女子がサッカーをしているが、やはり境遇は似たようなものだ。サッカー部のメンバーはいないようだが、何人かがボールを奪い合っているのを、ゴールポスト付近の少人数が眺めるという図だ。
さすがに女子をじろじろと見るのもどうかと思い、ふと校舎のほうを向く。
上のほうを見上げると、空き教室のカーテンがゆらゆらと揺れていた。
「そういえば、あの噂って意味がわからねえよな」
暇つぶしに口にしたのは、この中学に纏わる奇妙な習慣のことだ。
校庭から見て、三階の右端にある空き教室を見上げてはならない。
もちろん校則に載っているわけでもない。そんなものが掲載されていようものなら、ネット全盛のこの時代、「おもしろ校則」として既に全世界に晒されているはずだ。つまるところ、中学に通う学生たちの間になんとなく広まっているお約束のようなものだった。
ちらりと見上げてみても、特にこれといった異変は見当たらない。せいぜい目隠しにカーテンがしてあるだけである。
「まあ、ほら、集中できないからじゃねえの」
ゴールポストを文字通り「護っている」奴は、どうでも良さそうに言った。
確かに、現状空き教室が気になって授業であるサッカーはほったらかしになっている。
単に、人がいないから不気味なのかもしれない。普段は人のいるにぎやかな学校を見慣れているせいか、偶に遅くなって誰もいない廊下を歩くときなんかは妙に不気味なのだ。
「気になるから見るだろ? で、注意されるじゃん。それが七不思議とかみたいに変わってったんじゃねえかな」
「そういうもんかなあ」
既にゴールキーパーとしての仕事を放棄しつつある奴が、空き教室を眺めた。つられるようにもう一度空き教室に目をやると、まだゆらゆらとカーテンが揺れていた。どうも誰かがいるらしい。カーテンの隙間にスッとスーツ姿の女性が見えたかと思うと、その手によってカーテンが閉められた。
どうも先生の誰かがいたらしい。
気付いたら怒られる、と反射的に目を逸らす。
「どうした?」
「いや、今」
先生がいただろ、と言おうとしたところで、ボールが勢いよく此方へ飛んできた。
「ほら、きたぜ」
ゴールキーパーの癖に動く気はないらしい。ボールを仲間のほうに蹴り、自分の最低限の仕事はこなしてから、再び仲間の手……というか、足によって相手ゴールにまで運ばれるのを眺める。
ちらりと空き教室を眺めると、もうカーテンは揺れていなかった。
体育の授業が終わり、帰り際にふと気になってまた話を出した。
「そういえば、あの空き教室って偶に使うんだな」
「なんで?」
「体育の時、見たろ? 先生がカーテン閉めてたの」
「や、俺は見てないな。いつの話だ?」
素直に、自分たちが空き教室の話をしていた時だと説明すると、奴は怪訝な顔をした。
「……何言ってんだ、お前? 三階の空き教室のことだよな? 見るなって言われてる所の」
「ああ。そこで間違いないぞ」
「俺たちが見上げた時、いつも通りで先生も何もいなかったぜ。大体、窓が閉まってるのにカーテンが揺れるかよ」
――俺はそれ以後、空き教室を見上げていない。
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