怪ノ十六 初代校長の像

 うちの中学校には奇妙な噂がある。

 玄関先にある初代校長先生の銅像なのだが、それが実はタヌキだというのだ。


 はじめて聞いた時から、なんだそれは、と思っていた。


 銅像まわりの怖い話というと、走ったり歩いたり追いかけてくるものだと思っていたのだが、いったいこれはどういう部類に入るのだろう。とはいえ私の中学校は山間にあり、クラスは学年で一クラス。二十人も入ればいいほうというレベルで、さらに裏庭にはタヌキの住む山がある。タヌキは化けるという話もあるし、そういうところから連想されたんだろう。

 だが、それだけではない。

 なんでも、初代校長は元々お寺の家系の人で、仏門には入らず教師になったという遍歴を持つ。そこのお寺では昔、夜ごと仏像に変化して悪戯をするタヌキを戒めた折、タヌキは許してもらう代わりに、修行僧の像として過ごすことを約束した。まあそんなわけで、現在でもタヌキと少なからず関係があるという。

 昔話か、というレベルだ。

 いや、昔話ではあるのだが、それにしたってその伝説が学校まで出張ってくるとは。

 確かに校長の像は胸から上しかないのだか、どことなくふっくらしていてタヌキを思わせる。それも関係しているのかもしれない。


 そんなことを思っていた頃のこと。

 夕方、買い物を頼まれて商店街からの帰り道。学校の裏門から正門まで突っ切って帰ろうとすると、玄関近くにもそもそと動くものがあった。

 巨大な猫かと思って覗きみると、これがタヌキだったのだ。ぎょっとしたが、タヌキは微動だにせず、きゅいきゅいと切なそうに鳴くだけである。ちらりと見てとると、足元にロープのようなものが絡まっているではないか。

 さすがに哀れになって取り外してやったが、タヌキは動かない。食べるかどうかと思って買い物でオマケに貰った油揚げを差し出すと、タヌキはふんふんと鼻を鳴らして慎重に油揚げを嗅いでいた。

 油揚げを食うのはキツネだっただろうかと思っているうちに、奴は油揚げを咥えて逃げていった。

 なるほどこんなところにまでやってくるから銅像がタヌキだなどという噂が立つのか。とはいえエサをやってしまった手前、どうしたものかと思った。野生の生き物にエサを与えてしまっては、人間のところにやってきやしないだろうか。そして、もっというならタヌキに果たして油揚げなどやってよかったのかと、腰をあげた時だった。

 ふっと見上げた台座の先に、件の初代校長の銅像が無くなっていたのである。

 あッ、という声すら出なかった。


 それこそキツネではなくタヌキにつままれたような気分になりながら、翌日先生にそれとなく聞いてみた。


「先生、昨日、校長先生の像ってどうかした?」

「どうかしたって、どうしたんだ? 傷でもついていたか?」

「や、そうじゃなくて……」

「ああ、そうだ。新しい像にするんだよ。もう撤去したんじゃないか?」


 なんだ。

 わかってしまえば簡単な理屈である。

 先生も首を傾げながら、昨日だったかなあ、などと首を捻っていたが、特に興味はなさそうだった。私も追及するのもおかしいような気がして――そもそもタヌキが化けていたのか、などと聞いたら笑われそうである――それ以上聞くことはなかった。

 授業が終わって外に出ると、初代校長像はなくなったままだった。


 ところで、その日は先生たちが妙にざわついていた。

 ”明日”、撤去するはずの初代校長像がなくなっているというのである。既に撤去されたんだとか、いや明日来るはずだったとかいう話で混沌としていた。

 まさに珍事である。

 何にせよ一番タヌキにつままれたような顔をしていたのは業者の人間と当の学校側であった。

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