怪ノ十五 映画研究部の鉄則
「ホラー映画、撮らないか?」
そう言いだしたのは、二年になって部長になった小田切だった。
映画研究部、略して映研。
規模としては、どこの学校にもひとつはありそうな漫研、つまりは漫画研究部よりも下だ。漫研ですら「漫画を描いてる」と思われるフシがあるにも関わらず、普段、何をしているのかわからないとは言われる。
だが、文化祭においては別だ。
高校生が興味のありそうな映画をひたすら視聴覚室で流しているので、文化祭をやや面倒がっている学生にはほどよくウケがいい。
そのかたわら、本来の活動である自主映画のほうはさっぱりだった。
映画研究会のメンバーはたいてい、新作の映画について話し合ったり、過去の名作を話し合ったりしている。そんな中での発言だった。
「でも、ホラー映画は……」
あまり評判が良くない。
撮るのが難しいというのもある。学校内で大声を出すような撮影はあまり良い顔をされないからだ。昔、ギャーギャー叫んで注意を受けたのも原因になっているようで、それもあってか、映研の中ではホラー映画は撮らない、というスタンスになっている。
ただ昨今、ホラーゲームをもとにした映画が流行ったのもあって、自分たちでもホラー映画を撮りたいという声はあるにはあった。
「少なくとも、生徒のいない時間帯にやることと、許可をとること。それからあまり遅くならないとか……、ま、具体的なことはあとでいいや」
二年の長谷だけがやや渋っていたが、結局のところみんな「面白そうだ」という理由で賛成した。その日はそれでお開きになり、ルールや映画の内容などは後日決めることになった。
「長谷、ホラー嫌いなのか?」
部活からの帰り道。何となく気になって聞いてみる。
「いや、別にそういうわけじゃないけど。むしろ好きなほうではあるよ」
「それなら、いいじゃないか」
「いいんだけどさ。従兄がこの学校の生徒で、その時に映研で奇妙なことがあったって聞いてたから。ホラー映画の撮影をしてたときに奇妙な影が映ったとか、そういう。ホラー映画は好きだけど、こういう変なのって得意じゃないから」
「ふうん? よくわかんねえなあ」
だが、撮影時に妙な影が映る。
これは使えそうなネタだと、一瞬思ってしまった。
翌日になって小田切に言うと、小田切はがぜん乗り気になった。
「奇妙な影が映る、とホラー映画を撮るのが禁止されてた映研で、そんな噂を払拭しようとホラー映画を撮ることになった……、そして映画を撮ってると、本当に奇妙な影が映ってる、と。これは面白いんじゃないか? 現実と映画の融合!」
題材としてはアリっちゃアリだ。
長谷だけがやはり渋い顔をしていたが、それでも題材を面白いと思ったメンバーが集まって、映画を撮ることになった。
文化祭で流すことを目標に、スケジュールを組む。題材が映研なので、どこか場所を借りる必要はない。ほかにも、演劇部の人間にも協力を乞うかどうかや、誰が台本を組むかなど、着々と準備は進められた。
さすがにCGやらは使えないので、奇妙な影は黒い服の不気味な女にした。女子に頼むわけにもいかないので、小田切が黒いワンピースを着てカツラをかぶり、たびたび映りこんだ。
黒い影の映らない場面と、映っている場面とで同じ演技を二度することになるので手間がかかったが、大変だったところはそれぐらいだ。何しろはじめて尽くしだったので面白い。
しかし、これといった事件は起こらなかった。せいぜい、偶々学校に残っていた女子が撮影現場に出くわして、怯えたところを図に乗った先輩がガニマタで追いかけたぐらいか。機材もあったし、すぐに撮影だというのはわかってもらえたようだ。
それこそ拍子抜けするほどに。
「ほら、黒い女がここにも映ってる。この学校の生徒じゃなさそうだな」
自分の映った映像を流しながら、そう演技する小田切を前に、何度も笑いだしそうになるのを堪えた。
最初のうちは渋っていた長谷も、そのうちに黙々と仕事をこなすようになっていった。フィルムを何度確認しても、小田切が演じた黒服の女以外にそれらしき影は見当たらなかった。
そうこうするうちにあっという間に時は過ぎ、とうとう文化祭になった。
「いや、中々怖かった」
評価は上々だった。初日こそ部員の友人たちくらいしか来なかったのだが、二日目ともなると結構な盛況だった。もちろん他にも、人気のファンタジー映画やらを流したのだが、それに次ぐほどの人気だった。
何しろ自分たちの高校が舞台なのである。それに、他の部活の部員にも時々出演を頼んだので、彼らや彼らの友人が見に来たのもある。
「でも一番怖かったのはあれかな、お前ら、意地が悪いよなあ」
感想を聞いたうちの一人が言った。
「なんだ?」
「見てる時にふっと視線を感じてさ、ぱっと横を見たら、映画の中の黒い女が突っ立ってるんだもんな」
思わず長谷を見つめると、険しい表情をしていた。見回すと、映研のメンバーはほとんどが制服姿で自分の雑務に追われている。誰も黒い女の扮装などしてはいない。誰一人欠けることはなく働いている。
「あれは怖かったなあ。ところで、そいつはどこにいんの?」
その答えは誰も持っていなかった。
同時に、なぜ二日目からはこんなに人が入るようになったのかを理解した。目を皿のようにして何度見回しても件の女は見つけることができなかった。だが、映画が終わると必ず皆、黒服の女が突っ立っているのが一番怖いと言い張った。
いずれにせよ、それ以後、映画は撮っていない。
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