怪ノ十三 側溝の怪

 うちの小学校の帰り道には側溝が続く道があった。

 結構大きめの金網が均等に並んでいるのだが、どうもここが子供の興味を引くらしい。

 よく下級生の子が靴をひっかけて――というよりも、実際は側溝の穴に靴先を入れて遊んでいたら、取れなくなって混乱した末、という顛末なのだが――泣いて、通りすがりの上級生がなんとか取ろうとしているところに遭遇したりした。

 一度など、うちのクラスの男子が集まってわいわいやっているので、何をしているのか聞いたところ。


「下からニャアニャア聞こえるんだよ。猫が落ちたんじゃないかって」


 なるほど確かに、かすかにニャーと不安そうな声が聞こえる。

 このときは、誰かが先生を呼びに行ったらしい。まあ道の隅とはいえ子供たちが集っていたら学校に連絡が入るのも当然だろう。結局、先生が金網を外して猫を救出する騒ぎになった。

 泥土とゴミの溜まったところから、先生が小さな子猫を手に持って出てきた時は歓声があがった。泥にまみれ、ふるふると体を震わせる子猫は見ていて弱弱しかったが、一番最初に見つけた子が飼ったのだか預かったのだかしたと思う。近くに親猫も見つからなかったせいだ。

 一日、二日くらいはまた何かが落ちているんじゃないかと気にする子もいたが、すぐに忘れ去られた。


 それからしばらく経った頃のことである。

 また、側溝に男の子たちが集っていた。

 今度はどうしたのかと思っていると、どうにもべちゃべちゃと奇妙な音がするらしい。雨も降っていないのに妙じゃないかと、人が溜まっていたようだ。


「また、猫でも落ちちゃったんじゃないの」


 誰かがいうと、そういえば猫は元気かとか、順調に回復してるとかいう話が持ち上がったが、今度は姿も見えないらしい。


「鳴き声とか全然しねえけど。ゴミかなんかが引っ掛かってるんじゃないか?」


 金網越しに、誰かがひょいと側溝を覗きこんだ。

 ううん、と唸り声をあげて頭を揺らしていた彼が、急に小さな悲鳴をあげて顔をあげる。


「どうした?」

「暗くてわかんねえけど、目があった」

「本当か? やっぱりなんかいるのか」


 別の子が金網越しに奥を覗く。


「本当だ、なんか動いてる。でもでかそうだなあ」


 わいわいやっているうちに、また誰かが先生を呼びに行ったらしく、大人たちが近づいてきた。


「おう、今度はなんだ?」

「あ、先生。またなんかいるみたいなんだけどさ。今度はもっとでかいんだよ」

「でかい? なんだろうな?」


 そんなことを話している時だった。

 急にべちゃべちゃと音がしたかと思うと、コンクリートのところから金網の下に、何かが移動してきた。大きな犬か猫かなにかを想像していた私たちは、一瞬にして凍りついた。

 それは女だった。

 狭い側溝にぴったりとはまった女は一瞬だけこちらを見上げ、泥に濡れたざんばらの髪の合間から、異様に血走った目でニタリと笑った。

 悲鳴があがりかけた時、女は蛇のように体をくねらせて私たちの前を通り、人間とは思えぬスピードで側溝の中を移動していった。

 そして、べちゃべちゃいう音も急激に遠ざかっていったのである。

 たちまちに女子の悲鳴があがった。騒ぎ出す男子に、何もいえず放心する子。

 誰もが、今見たものが信じられなかった。

 先生は放心状態の子供に家に早く帰るよう促し、騒ぐ男子には他の先生を呼んでくるように指示した。

 しばらくは変質者が出たということで、下校時間になると先生たちが見回りをしていた。時折パトカーも停まっていたので、警察にも連絡が入ったのだろう。


 何年か後になって、側溝の中に潜んでいた変質者が捕まった、というニュースが世間を騒がした。あの時の女も変質者の類だったのではないかと思っているが、はたして人間にあんな動きが可能なのだろうかと、今でも現実との間で揺れ動いている。

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