怪ノ十 こっくりさん
「ねえねえ、シノ、”こっくりさん”、やらない?」
「はあ?」
私はリサが言った言葉を理解できなかった。
「なに? なにをやろうって?」
「”こっくりさん”だよ。放課後、教室残っててよね!」
リサはいつもこんな風に唐突なのだ。私が困惑している間に、他の子に声をかけに行ってしまった。コックリ? コックリサン、って、なに。
まるで私が知っていて当然のような態度に憤りはしたものの、リサのそんな態度にはすっかり慣れきってしまっていたせいか、すぐに怒りはおさまる。
だいたい、今はスマホ全盛期。わからなきゃググれ、ってやつだ。
気になるわけではないが、”こっくりさん”で検索をかけてみる。
案外情報は出て来た。漢字がわからなかったのだが、ひらがなで良かったらしい。とりあえず検索した結果によると、こっくりさんは四、五十年前に流行った降霊術、らしい。
降霊術って。
とりあえず調べたところによると、鳥居を真ん中に「はい」と「いいえ」、その下に数字と五十音の並んだ紙を用意して、十円玉に指先を載せる。こっくりさんという霊を呼びよせて、聞きたいことを聞く、というのが大体の流れのようだ。
とはいえ当時は禁止された学校とかもあったらしい。
それ以上調べる気になれず、とにかく半信半疑なまま放課後になってしまった。
「というか、なんで急にコックリサン? 何か聞きたいことでもあるのかな」
「さあ?」
リサが例の紙を作っている間に、集められた他の三人はこそこそと話し合った。
「でもリサのことだから、映画見たとか、ホラーゲームしたとか、それぐらいでしょ。ひとりかくれんぼとかもそうだけど、ちょっと前に流行ったじゃん。怪物から逃げるゲーム」
そういえばそうだ。
ああいうのに影響されて、たまたま今回はコックリサンだっただけかもしれない。
というか、リサは以前からそうだ。私たちも大体わかっているので深く考えない。巻きこまれるほうはたまったものではないけれど。
「でーきた! ほら、やろう?」
私たちは顔を見合わせると、仕方がないかと肩を竦めた。
周りの子の椅子を借りて、リサの机を四人が囲む。リサ以外の私を含む三人は、もうすでに引き気味ではある。けれども興味を抑えきれないのは全員同じだった。
うろ覚えのコックリサンのやり方を思い出しながら、鳥居の上に乗せた十円玉の上にそれぞれが手を乗せる。
「こっくりさん、こっくりさん、おいでください。もしおいでくださったら、はいのところへ動いてください」
声をなんとなくそろえて、こっくりさんを呼びだす呪文だか、御祈りだかを唱える。
ちらりと皆を見ると、不安と期待の入り混じった複雑な表情をしていた。リサもそうだ。あれだけ騒いでいたのに、今は神妙にしている。
しかし、いつまで経っても十円玉は動かない。さっきまでの緊張感が緩み、ややだらけたムードが広がる。
「……こないね」
私が言ったときだった。
十円玉がスッと動いて、「はい」のところへと移動したのだ。
みんなの目が俄かに輝く。
驚きと、恐怖と。ほんの少しの困惑と。
誰かが動かしているのだろうか。それとも本当にこっくりさんが来たんだろうか。
「り、リサ」
思わずリサに目をやる。
「え、えっと、こっくりさん。あなたはどんな質問にも答えられるんですか?」
――「はい」。
恐怖を乗り越えて、期待がやってくる。
「それじゃあ、試しに――シノの好きな人を教えてください」
「ちょっと!」
十円玉は動かなかった。けれどもしばらくのあと、スッと動きだした。
――「い」「な」「た」「し」「よ」「う」「へ」「い」
稲田翔平。
有名なイケメンアイドルの名前だ。
つまらないような、ニヤリとするような空気に包まれる。
「い、いいでしょ別に。この学校に好きな人がいると思ったら大間違いなんだからね!」
だけどそんなの、誰だってわかることだ。
私は隠してないし、
「三組の林田君と池野さんは付き合ってるんですか?」
――「はい」
「教頭先生はカツラなんですか?」
――「はい」
一つひとつの質問にきゃあきゃあという声が上がる。これが霊を呼びだす儀式だということをすっかり忘れてしまっているみたいだ。
「でも、ねえ、なんでそんな質問ばっかなの?」
「だって、それは……」
でも、私たちは他愛もないことばかり聞いていた。逆にいえば、それ以上のことを尋ねるのは恐ろしかったのだ。
ただでさえ異常事態が起きているのに、これ以上下手なことを聞きたくなかった。
「じゃあさ、アレ聞いてみない?」
「アレって?」
「学校の七不思議があるかどうか」
――瞬間、ぞくりとした。
何か妙に嫌な予感がしていた。誰も、やろう、とも、やらない、とも言わなかった。
でも、ここまではっきりしてるのに、もっと重大なことも聞きたい気がする……。
「やってみようよ。あたしも、知りたい」
「そうだね。せっかくうまくいってるんだし……」
私だけ、やめよう。とは言えなかった。
再び紙に向かい合う。
「こっくりさん、こっくりさん。学校の七不思議は本当にあるんですか?」
ごくりと息を飲む。
「……あれ?」
十円玉は止まったままだ。先ほどまで雄弁に何かを語っていたこっくりさんはついぞぴくりとも動かない。
「こ、こっくりさん?」
なんだか拍子抜けだ。やっぱり誰かが動かしていたのだろうか?
だが、十円玉は不意にススッとスムーズに動きだしたかと思うと、「はい」へと移動した。
おお、と誰かが感嘆の息を漏らす。
するうちに、十円玉は勝手に鳥居へと戻った。
「なに、今の?」
誰かがお戻りくださいと言ったわけでもないのに。
このこっくりさん自体が誰かの悪戯だとしても、今の今まで形式にのっとってきたのに、ここで忘れてしまうなんて。
「あ……ええっと、それじゃ、学校の七不思議に囚われた人もいるんですか?」
リサが問いかけた。
今度はスッと動いて、すぐに「はい」へと移動する。再び私たちが顔を見合わせると、また動きだした。鳥居に戻るのかと思いきや、十円玉はゆっくりと「はい」の周りをまわった。
「え……」
「な、なに?」
十円玉のスピードは次第にあがり、「はい」のところでぐるぐるとまわりはじめる。
その十円玉に指を乗せているだけでも必死で、次第についていかなくなった。
「なんなのこれ!」
十円玉の勢いがピタリとやんだ。やがて乱暴に、十円玉が文字列へと向かっていく。
――「た」「す」「け」「て」
誰も何も言わなかった。
四人のうち誰もが言葉を忘れてしまったように、黙りこくっていた。
「あなたは本当にこっくりさんですか?」
冷徹にそれを尋ねたのは誰だったのだろう。
リサから、だった気がする。
誰の声でもあるようで、誰の声でもなかった気がする。
――「いいえ」
十円玉はそのまま静止した。
みんな黙り込んでいる。それ以上の質問も何もないままだった。
たった十数秒のできごとが、一時間以上そうしていたかのような感覚。
ぽたりと机に汗が落ちたとき、私の中の何かが決壊した。
「こっくりさん。こっくりさん! ありがとうございました。おかえりください!」
――「はい」
十円玉はそれから鳥居に戻ってピタリと止まったまま、私たちの指の震えが伝わったかのように小さく動くだけだった。
それからようやく動けるようになるまで、みなガタガタと震えていた。
リサも含めてみんな泣きだし、十円玉を処分するためにコンビニで無理やりに食べたくもないガムを買った。
私たちが呼んだのはいったい何だったのだろう。
こっくりさんは、狐の霊ではなく、近くにいる雑多な霊を呼びだしてしまうこともあるという。
もしかすると、学校の七不思議に囚われてしまった人々の霊を呼びだしてしまったのかもしれない。
あれ以来、私たちはコックリサンをしていない。
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