怪ノ三 カラス

 ハァ、やっと片がついたよ。

 この間、話したろ?

 妹と婆さんが喧嘩してるって話だよ。もううるさくてたまんなくてさ。

 何しろ理由がカラスなんだから、いい加減にしてくれって感じだったんだけどさ。

 そう、カラスなんだよ原因は。

 最初から最後まで、カラスだった。

 それも、とんでもないことになったんだ。


 妹はさ、カラスが嫌いなんだよ。


 ガァガァうるさいし、ゴミを漁って汚いし、何より見た目が気持ち悪い。

 俺も昔はそうカラスに良いイメージってまったく無かったんだけどさ、この間の講義で神聖な生き物でもあるって聞いたろ? それとか、そもそもゴミを漁るのだって、人間がちゃんとした捨て方をしないからだって。それを聞いて、なるほどなーって思ってたんだ。そもそも、俺の地元って、カラスは神の使いみたいな感じにされてるんだよな。結構有名な神社で日羽神宮ってとこがあるんだけど、そこもカラスは神聖な生き物になってるらしい。

 まぁ、もちろん他から入ってきた人間も多いから、長いこといる老人のいる家なんかはそういうの知ってるくらいかな。

 察しがつくと思うけど、うちのばあちゃんがそうなんだよ。

 だから、カラスが害鳥扱いされてるのはあんまり気に食わない。

 それと、年頃のカラスが大嫌いな高校生。

 この二人がそろったらまあ、何が起きるか想像はつくだろ?

 俺だってそんなにカラスは気持ち悪いか? と思ったから、講義の話をしたんだよ。露骨に嫌な顔をされたけど。まああいつも高校生だし、そのくらいの年の女子ってそんなもんだよな、って思ってた。


 ……あの事件があるまではな。


 俺も通ってた高校なんだけど、運動場っつーか校庭の片隅に、小さい社みたいなのがあったんだよ。祠っていうのかな。一メートルくらいの社なんだけど、五段くらいの階段があって、その上に安置されてんだよ。周りがかなり鬱蒼としてるし、古いから誰も近寄らないけど。なんか元々そのあたりにあった守り神っつーか、土地神っていうのかな、高校が建ってからもそこに残されたんだと。俺なんか、学業の神様だと思ってたくらい。テスト前とか、たまーにお参りしてる学生とかいたしさ。

 高校にそんなものあるってだけでも不思議っつーか、まあ少し奥まったところにあるからそうそう見るもんじゃねーし、俺は、ふーんそんなのあるんだ、って感じだった。


 だけど、妹はそれが気に入らなかったみたいだ。

 っていうのも、見た目がちょっと薄気味悪いのもそうだし、そこの雑木林にカラスが結構たまってるのが余計に気に触ったらしい。

 でもさ、いくら気持ち悪いったって限度があるだろう?

 そもそも近寄らなきゃいいだけの話だし、普通に生活するだけならそんなに気にならない場所にあるんだからさ。

 それに、昔からいる用務員さんとかならよくわかってて、カラスは意外に臆病だし、こっちから手出ししない限りは向こうも襲ってこないよ、とかちゃんと言ってくれた。俺たちは用務員さんのこと、カラス使い、なんて言ってたけどさ。

 たまに巣から落っこちたカラスとか助けてた奴もいたし、そう関係は悪くなかったと思う。カラスも頭いいからわかってるんだよな。

 でも、そういうの全部ひっくるめて、妹は嫌ってた。

 それでもやっぱりカラスが怖いって女は結構いるからさ、それと変わらないだろうと思ってたんだ。


 二カ月くらい前のことだ。

 その日の朝の様子を話せといわれても、妹には特にこれといって変なところはなかったらしい。授業中も、友人たちから聞いた様子だってそうだ。

 変なところはなかった。

 それなのに、あいつは夕方、学校で倒れていたんだ。

 用務員さんに、校庭で横たわっているのが発見された。

 手にはスコップを持っていた。

 用務員さんが慌てて抱き起こすと、妹は開口一番こう言った。


 ――カラスを殺さなきゃ。カラスを殺さなきゃ。カラスを殺さなきゃ。


 あたりはカラスだらけだったし、何よりこの発言が問題だった。

 カラスの羽根があたりに散らばっていて、もしかしたら既に殺されたカラスがいるんじゃないかって、用務員さんはぞっとしたらしい。けれども、カラスの数に比べて、それらしい死体はなかったそうだ。スコップにも血らしきものはついていなかったしな。

 祠も壊された形跡がなかったから良かったけど。

 高校三年だったから、受験ノイローゼってことで処理されたけど、いやもう大変だったよ。何しろ受験前のことだしな。大学側の耳に入ったりしたらコトだし。

 まさかそこまで思い詰めていたとは俺も思わなかったよ。


 ……そうそう。この話はこれで終わりじゃないんだ。

 だってこれだけじゃ、ただのカラス嫌いの受験ノイローゼの話だろ?


 そもそも用務員さんがそこに行ったのも、カラスが絡んでるらしい。

 時間は夕暮れくらいだったかな。夏だったから日が長かったのもあるらしいけど、用務員さんの帰る時間って他の教師に比べて早いらしいんだよ。それで、そろそろ帰ろうかって時に、急にカラスが何羽か足元に絡んできたんだと。

 カラスが向こうからやってくるなんて稀だから、何かおかしいなって思ったらしい。そのうちに、カラスの一匹が、用務員さんのズボンの裾をつまんで、妙にどこかに連れて行こうとしたらしい。その時から妙な確信ががあったらしいんだ。


 まあ実際、カラスのおかげだよな。

 そのカラスの連中についていったら、妹が倒れていたんだから。

 発見されなきゃ、ずっとそこで倒れてたままだったかもしれない。

 第一声がカラスを殺さなきゃ、なのに。

 校庭の片隅って言っても少し奥まったところだから、普通に通るだけじゃ見えにくいんだ。

 さっきも言ったろ? 俺の地元じゃあ、カラスはどこぞの神社の使いなんだ。

 だから案外、カラスは助けてくれたのかもしれないって思ってる。


 ……それにしてもさ。


 偶然かもしれないんだけどさ。

 それ以降、妹は憑き物が落ちたみてーにケロッとしちまったんだよ。なんであんなにカラスが嫌いだったのかよくわかんねーって。婆さんとも今は普通に会話してるし。

 もしかしたら、本当に受験ノイローゼだったのかも。知らないところでストレスとかたまってるかもしれないからな。

 でも、不思議なこともあるもんだよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る