怪ノ二 四時四十四分

「もうすぐ時間だね~」


 神田さんが言った。

 ああ、なんでこんなことに付き合うことになったんだろう。

 私はもう既に後悔していた。

 けれども、やめよう、という度量と強さを持っていなかった。その言葉は言葉として音になる前に、頭の片隅で煙のように立ち消えてしまうのだ。黙ってきょろきょろと辺りを見回すしかできないでいるうちに、とうとう時間が近づいてきた。

 四時四十四分ちょうどに、四階の西側階段で、五人でいると、一人消えている。

 そんな、いまどき小学生でもやらないようなことを何故今やらなければいけないのだろう? 高校生にもなってそんなことをするなんて思わなかった。けれども私に拒否権はない。私以外の四人は顔を突き合わせ、これみよがしにクスクスと笑っている。

 彼女たちは、私をからかっているのだ。

 神田さんを中心として、水谷さんに松井さん、それから篠原さんの四人。そして、五人目である私。

 いじめじゃない――いじめではない、と、思う。そう思いたくはあるけれど、私が消えるのを望まれている事実は変わらない。

 それに、一人で逃げ帰って、逃げ切れたとして、明日からどうすればいいっていうんだろう。


「大体、四が続いてるのにどうして人数だけ五人なんだろ」と、水谷さんが首を傾げる。

「そりゃあ、そういう怪談だからっしょ?」と、篠原さんが肩を竦める。

「どうする? 四時四十四分になったら」と、松井さんが他の三人を見渡す。


 ちらり、と神田さんが何も言わずに私を見る。

 他の三人も、吊られるように私を見た。クスクスと小さな笑い声が響く。私はうつむいて、あいまいに笑うことしかできなかった。


「あと一分くらいだよ~」


 ぎくりとした。

 腕時計の針の音が、やけに大きく聞こえる。

 四時四十三分、四十三分五秒、四十三分十秒……と、やけに早いような遅いような時間を刻んでいく。授業中ならすぐに過ぎ去ってしまうような時間も、今は妙に遅い。

 四十三分五十秒。五十一、五十二、五十三……。

 そんなことはありえないとわかっていても、他の四人もどこかそわそわとしている。

 四十四分。

 時計は無慈悲にも、平等に時を刻んでいく。

 誰もが黙り込んでいたのは、やっぱりどこかで信じていたからなんだろう。

 顔をあげる。

 全員、いた。


「なんだ~~、やっぱり何も起きなかったじゃん!」


 神田さんが私の足を蹴っ飛ばした。

 痛っ、と小さな声をだしてしまったけど、それ以上は何もなかった。聞こえなかったみたいだ。

 言いだしたのはそもそも私じゃない。神田さんはそっぽを向いて、他の二人のところへ躍るように戻っていった。それから、急に思いついたように言った。


「あ~、でもさあ。これから一人いなくなるんだから、結果的にもう三人じゃんね」


 途端に、他の二人が笑い声をあげた。


 ――三人?


 私は顔をあげた。

 何かがおかしい気がする。


「でもさ~、誰が言いだしたんだろ。四時四十四分ちょうどに、四人でいると、一人消えてるなんてさ」


 けれど、私にはそれがわからない。

 一人消えたんだろうか?

 でも、神田さんに松井さん、それから篠原さん。

 私はこの三人に、今日ここに連れてこられたのだ――たぶん、そのはずだ。他には誰もいなかった、はずだ。


「ちょっとさあ、ウチらあっちの階段から帰るからアンタはそっから帰りなよ」


 ケラケラ笑いながら、神田さんたちが廊下を歩きだす。

 この階段から今から帰るのは気が引けたが、あの三人と別れられるのなら願ったりかなったりだ。三人はとっくに行ってしまった。とにかく早く帰りたくて、あの三人とまた下駄箱で鉢合わせするのは嫌で、私は足早に階段を降りた。


 ――。


「……?」


 階段の上を見たとき、奇妙な感覚に陥った。

 そこに誰かいるような――誰かを置き去りにしたかのような、あるいは誰かが置き去りにされたかのような、そんな奇妙な感覚だった。そこには誰も視えない。

 でもわずかな恐怖とともに、何ともいえない高揚感を覚えた。それがどういう理由なのか、私は知らない。

 ただ、あの三人を連れて必ずいつかまたこの階段に来ようと決意した。

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