百話奇談 ―学校の怪談―

冬野ゆな

怪ノ一 赤マント

「ねえ、赤マントって知ってる?」


 ドラマやゲームの中でしか聞かないような台詞に、私は思わず笑いをこぼした。

 もちろんその場合、赤マントではなくて、他の都市伝説――たとえばカシマさんだったり、花子さんだったりするわけだが。

 でもたいていはそんなものだ。誰かに呼びかけ、ナントカって知ってる、と尋ねかける。それが都市伝説でなくても、学年が一つ上の先輩の話だったり、どこそこに所属している誰かの話だったりするわけだ。


「うん、知ってる」


 都市伝説の類は嫌いじゃない。

 テレビでも都市伝説をネタにしたものは見たことがあるし、真偽はともかく面白い。学校の怪談をネタにしたマンガだってたくさんある。ぜんぶ知っているわけではないけど。

 それにしても朝ならともかく――何しろ昨夜、ネットやテレビで仕入れた話がたいがいだから――夕暮れの迫った学校で怖い話だなんて、いったいどこで仕入れてきた話なんだろう。

 でも、都市伝説に興味があるなんて暗い奴だなんて思われたくなかったし、うろ覚えめいて尋ね返すことにした。


「確か、昔流行ったやつだよね?」


 何より、相手は男の子だったし。

 女の子同士で、おまじないや噂話をするのとはちょっと違う。


「トイレで赤いマントがいいか聞いてくるやつだっけ。それがどうしたの?」


 けれども、うろ覚えには違いない。

 学校の怪談のひとつだったような気はするんだけど。確か、赤いマントがいいか青いマントがいいか尋ねてきて、赤を選ぶと血まみれに、青を選ぶと血を抜かれて真っ青に……っていうトイレの怪談だ。


「そうそう、そんな話。だけど、この辺の噂ってちょっと違うらしいんだ」

「へえ、そうなの?」


 私が聞くと、彼はにやりとした。


「赤マントは夕暮れ時に出現するんだ。ほら、ちょうどこんな時間帯のことさ」


 彼が目をやると、窓の外は真っ赤になっていた。

 日が落ちるまでのわずかな赤い時間。


「ちょうど子供の帰る時間帯だよ。学校からだけじゃなくて、遊びに行った家から帰るところだったり……」


 私は話を聞きながら、時計に目をやった。もう四時半を過ぎている。もう教室には私と彼以外に誰も残っていなかった。

 鞄を持つと、彼もいっしょに歩きだした。

 二人で連れだって教室を出ると、ふと振り返る。

 誰もいない教室に赤い光が差し込んでいるのを見ると、普段とはまったく違って見えた。少しだけ赤マントの存在も信じてしまいそうになる。白い廊下にも日がさしこみ、赤く染まっている。たったそれだけのことで、世界はまったく違って見えてしまうらしい。

 外に行けばまだ体育系の部活の子たちがいるはずだし、先生たちだって残ってるはずだ。用務員さんだって鍵をかけに来るはず。だけど、ついつい誰もいないんじゃないかと疑ってしまう。


「それで、さっきの続きなんだけれど」


 誰もいない廊下は、普段より長く見えた。

 一番端にある階段に向かう。


「うん」

「赤マントは――その名のとおり、赤いマントを羽織った人物で、人をさらうんだ。子供も、大人も……そうしてさらわれた人間は、別の世界に連れて行かれてしまう」

「なんだ。それなら、どこにでもありそうな、まさに都市伝説って感じね」

「そうだろう?」

 彼は階段を降りていく。

「だけど、赤マントが人を連れていくときには、その人はとても恐ろしい目にあうというんだ」

「恐ろしい目って?」

「さあ、それはわからない。ただ、別の世界はこの世界ととてもよく似ているけど、そこにいる人たちはみな影のように真っ黒だというんだ」


 まるで見てきたような噂の内容だけれど、それにしたってどこかで聞いたような話だ。


「私をこわがらそうとしてるの?」


 私は冗談めかして言った。


「ただの噂さ」


 彼は笑って言った。


「そうね、ただの噂よ。だって、本当に別の世界に連れて行かれるっていうなら、誰が赤マントの話をできるっていうの? 都市伝説としては、ちょっと弱いわね」

「でも、昼でも夜でもない、ちょうど今みたいな時間帯には、赤マントが出るのかも」


 彼は踊り場で立ち止まって、窓から外を見た。

 赤い空が広がっている。

 昼でも夜でもない、夕暮れ時の赤い空は、神秘的ではあるけれど少し恐ろしい。

 私はちょっとだけ笑って、そのまま下に降りていった。下駄箱にたどりつき、すっかり身についてしまった動作で、自分の箱の蓋を開く。靴の代わりに脱いだ上履きを入れる。

 扉に向かったところで、ふと足を止めた。

 外があまりにも静かすぎたからだ。もう外の部活の人たちは引っ込んでしまったのだろうか?

 でも、普段なら六時くらいになるまでやっているところもあるはずだ。そんなにすぐに時間は経たないはずだけれど。

 後ろから階段を降りる音が聞こえてくる。その足音はやがて廊下を歩く音に変わり、そうして下駄箱までやってくる。下駄箱から廊下に続く短い段差をゆっくりと降りる。簀の子の上で止まった。

 さっき、あんな話を聞いたからだろうか。

 世界が妙に赤く見える。

 彼は靴を替えないのだろうか。

 足音は次第にこちらに近づいてくる。

 ぞっとするように赤い空を見ながら、私は視界の隅で動くものを見た。ほっとして其方を見る。


「……なに、あれ?」


 そこには黒い影のようなものが、人間のかわりに歩いていた。

 赤い空。

 本当なら、夜の帳がとっくに向こうのほうに見えていてもいい時間。


「怪人赤マントは、こんな時間に出るのかもしれないね……?」


 そういえばこの声の主は誰だったっけ?

 振り返ったそのとき、不気味な仮面と赤いマントが視界を包んだ。

 悲鳴は赤い闇の中に吸いこまれ、私は……。

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