第291話 赤のビャハⅢ

「勇者……!?」


 ギリエルの言葉に私は衝撃を受けた。


「それじゃあ、お前とビャハは過去にミミズさんと戦った……!」

「そうだ、魔蟲王を討つために元の世界……すなわち『地球』から召喚された6人の勇者、そのうちの二人が私とビャハなのだ」


 何てことだ……まさかアバドン以外にもミミズさんと浅からぬ因縁のある者が居たなんて……だがこれで合点が言った。

 私達が遭遇したメガネウラ空母……あんなモノが航空機の概念すらないをこの世界の者が考え付くわけが無い。


 魔人族側に知恵を授けた存在……即ち地球の人間がいるからこそ造れたのだ。


「……だがどうしてだ? 仮にも世界を救った勇者が、何故世界を脅かす魔人王に与しているんだ!」

「……」






「――勇者!? 貴様とギリエルが!?」

「ビャハハハハハハハッ! その通りィィッ!」


 ビャハは空中に浮かぶ槍の柄に乗り、そのままガタクに向かって飛んでくる!


「ぬぅぅっ!!」

「俺と兄ちゃんは勇者として、前の魔蟲王をぶっ殺してやったのよぉ!」


 ガタクは横に跳んで避けるが、槍は空中でブレーキを掛けるように止まる。

 そしてビャハが身体を回して方向転換し再びガタクへと突撃した!


「何と面妖な攻撃か……!」

「ビャーーッハーァッ!!」


 更に高速で飛行しながら身体を回転させ、槍先でガタクの前翅に切り傷を刻んでいく!


「ビャハハハハハハハ!! おらおらぁっ! まだまだ行くぜぇ!」

「むんっ!」


 ビャハの回転攻撃を避けながら大顎を振り下ろすが、間一髪で避けられてしまう!


「アメリアの勇者殿と同じ存在が、なぜ外道に墜ちた!」

「あぁっ? んなもん決まってんだろうが……」






「「――退屈だったから」」







 ……えっ? ……今、なんと言った……!?

 ギリエルの発した言葉に、私は一瞬唖然としてしまう。


「私達兄弟はこの世界に召喚された日からずっと、魔蟲王の軍勢と死闘を繰り広げてた……他の勇者達は心身が疲弊し、戦いに出るのを恐れる時もあったが、元々平穏の中を生きていた連中故、仕方はあるまい……だが私とビャハは違った……休む暇すら与えられぬほどに押し寄せてくる軍勢との戦いに、死と隣り合わせの日々に我々は心が躍った! 命の危険にこそ喜びを感じた……!」






「――だがしかぁし! 魔蟲王をぶっ殺してから、俺達の楽しい日々は終わりを告げたんだよぉっ!」

「ぐおぉっ!?」


 槍から飛び降りたビャハが放った蹴りをもろに喰らい、ガタクが後方に吹き飛んだ!


「魔蟲王を亡き者にした俺達を、アメリアの連中は英雄ともて囃した……そしてこれからは他種族達と共に平和への道を歩もうってな……反吐が出るぜぇっ!」

「ぐっ! うぐっ! ぐはあぁっ!!」

「平和だぁ? 他種族との共生? そんな退屈なものに何の価値がある!? 俺と兄ちゃんが望むのは、俺達を昂り楽しませてくれる、戦いという娯楽だぁっ!!!」

「っぅっ!!」


 ビャハが槍を手に取って振り下ろし、ガタクの大顎とぶつかり合う!


「他の4人の勇者共は揃いもそろって国の方針に従う腑抜け共ばかり! 平和な世界で自分達は何をして平和に貢献しようとか、つまらねぇセリフばっか吐きやがる! 他国に侵攻し、敵を片っ端からぶっ殺して領土を奪う方が国に貢献できるってもんだろォがよオオオオッ!!!」


 ビャハが、連続突きを繰り出す。


「ぐっ……くぅっ……!」








「平和、なんと退屈で愚かな響きか……アメリア王国が平和を謳歌(おうか)する中で、私達はその空虚な日々に限界を迎えていた……その時だ、あの方が我々に接触してきたのは……」





 ――数百年前、アメリア王国、城壁。


「見ろよ、*****兄ちゃん……街の連中は賑やかそうに笑ってやがんぞ……平和を謳歌してやがる」

「***……それは当然だろう、彼等は待ち望んでいた平和を手に入れたのだ、その喜びはひとしおのものであろうよ」

「んな取り繕った言葉なんか聞きたかねぇよ……兄ちゃんはこれでいいのかって聞いてんだよ、俺はよぉ……」

「ふっ……愚問だな弟よ……いいわけがなかろうが……」


 冷静な口調から一転、額に青筋を浮かべながら城壁のレンガを握り砕く*****。


「……だったらよぉ、ぱーっと暴れちまおうぜぇ! 隣国のクソどもを殺しまくりゃあ少しはこの退屈も紛れるぜぇ!」

「***よ、私はお前のように弱者をいたぶる事に快楽を感じる性分ではない……私が昂るのは、強者との戦いのみ……その点、魔蟲王との戦いは素晴らしいものだった……! あの高揚感を超える敵と遭遇出来ぬものかな……」

「兄ちゃんは相変わらず堅物だなぁ……あーあ、何か楽しい事でも起きねぇかなー……」

「まったくだ……」


 二人が空を見上げた、そのときだった。


『ふ――ふふふ、ふ――』


「むっ……!?」

「なんだぁ……?」


 頭上から聞こえてくる謎の声に二人は怪訝な表情で周囲を探る。


『オマエ、た――たちの退屈――を、我が、がが――晴らして、やろろろろ、う――ふふふ、ふふふふ――』


 *****と***の前に黒い靄の塊が出現し、その中から不気味な笑いが響く……


「貴様か、私達に語りかけてきているのは……」

「おい! テメェ 何モンだ!」

「我――ワ、我は、魔人王―――お前たち――を、退屈か、ららら――我ががが、かかい、解放――してやろう――……」

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