第290話 赤のビャハⅡ

「大樹海で貴様を取り逃がし、雑魚共によって身体の一部を失ったあの時の屈辱を、晴らさせて貰うぞ」

「……それはこっちのセリフだ! あの日私は何も出来ず、自らの弱さのせいでかけがえの無い大切なしもべ達を失ってしまった……私を助けて死んだレギオン達の仇、取らせてもらう!」

「では、始めよう……我が最期の大舞台を」


 そう言ってギリエルは両手で自らの首を180度回転させ、それと同時にギリエルの身体が変形を始めた!


 今だ! 奴がヘラクレスオオカブトの姿に変わるあの瞬間こそ、奴の最大の弱点!

 一気に勝負を決めさせてもらう!


「《魔蟲の流星》!!」


 私の全身が炎に包まれ、炎が蒼色へと変化した瞬間、脚を畳み、超高速でギリエルへと突進する!

 距離にして約10メートル、瞬きする暇も無い刹那の一撃、回避は不可能!


 これで終わりだ……!?


 超高速の突進の最中、私は己が目を疑った。

 ギリエルが、変形しながら右へと跳び退いたのだ!


 馬鹿な……!? 駄目だ、距離が短すぎて軌道を変える事が出来ない……!


 そのまま私はギリエルの横を素通りし、地面を抉りながら着地し、振り返った。


「くっ……!」

「アメリア王国での貴様とブロストの戦いは、回収した奴の魔道具の映像で拝見済みだ……私の外骨格が戻る瞬間を狙い、最強の技を使う事は読めていた……故に貴様が技を放つ数秒前に動けば回避は容易い……」


 ギリエルはヘラクレスオオカブトへの変形を完了し、こちらへ振り向いた……。


「さぁ、戦いを始めようか……!」

「……っ!」


 魔蟲の流星の残り回数は6回……出し惜しみ無しで使いたい……だが、私の行動を先読みし、魔蟲の流星を回避したギリエル相手に下手に使うわけにはいかない……以前エッグホームランを角で受け流したように、魔蟲の流星さえも受け流されてしまうかもしれない……ええい、今は考えるよりも目の前の敵に集中しよう! 戦っていれば自ずとチャンスがやって来るはずだ!


 私が思考している間も、ギリエルはゆっくりと近付いて来る。

 そして互いに攻撃範囲に入った瞬間。


「《灼熱の角》ッ!」

「《蛮勇の角》!!」


 互いにスキルを同時に発動し、真正面からぶつかり合う! 凄まじい衝撃音が鳴り響き、2本のカブトムシのツノ同士が火花を散らす!


「ふんぬぅああああっ!!!」

「ほう、我が一撃と互角か……だが!」


 ギリギリと音を立てながら拮抗していたが、少しずつ押され始めてしまう!

 力はまだ奴の方が上か……ならば!


 私は力を抜き、後方へと跳んだ!


「《灼熱の斬撃》!」


 勢いよく後ろに下がりながら、ギリエル目掛け複数の灼熱の斬撃を撃ち放つ!


「無駄だ!」


 ギリエルは蛮勇の角で灼熱の斬撃をかき消していく!

 私は地面を強く蹴り、翅を広げてギリエルの真上を取った。


「《灼熱の斬撃》、《灼熱の角・槍!》」


 真上から無数の斬撃を放ちつつ急降下して行き、そのままギリエルへと突っ込んで行く!


「小賢しいわっ!」


 ギリエルはそれを全て弾き飛ばし、蛮勇の角で私を突き刺そうとしてきた! ……かかった!!

 突き攻撃をギリギリで避け、そのまま突っ込んで行く私。


「甘いわっ!!」


 ギリエルは両前脚を上げ、爪で私を引き裂こうとする!


 何のこれしきぃぃっ!!

 空中にいる状態で体を捻り、回転しながらギリエルの前脚攻撃を避け、ギリエルの懐に着地!


「何っ!」

「喰らえェェェェェッ!!」


 そのまま灼熱の角・槍でギリエルの胴部下を突いた!


「ぐぬぅ……!」


 ギリエルの胴部に傷が付き、呻き声を上げた。

 良し! 初めてダメージを負わせた!


「おぉおおおっ!!」


 そこから怒涛の連続突き攻撃を仕掛ける!  奴の甲殻を貫通出来ずにいるが、同じ場所を攻撃し続ければ、いずれは貫けるはず!


「うらぁああああああああああッッ!!」

「調子に乗るなぁ!」


 連続突きを繰り出す中、ギリエルの右中脚による横薙ぎ攻撃が飛んでくる!

 攻撃を止め、後ろに跳び下がり回避する!


 危なかった……一瞬反応が遅れていれば直撃だった……っ!?


 ギリエルが一瞬で間合いを詰め、接近し極太の角で突きを放ってきた! 咄嵯に灼熱の角を構えガードするが、力負けしてしまい吹き飛ばされてしまう!


「チィィッ!」


 地面を転がって衝撃を逃がした私が起き上がると、既にギリエルの姿は無かった。

 どこに行った!? 周囲を警戒する中、後ろに気配を感じ取り振り返ると、目の前にギリエルの蛮勇の角が迫る!


 やばっ……!? 

 私は前胸部に僅かに掠りながら何とか避け、ギリエルの頭部目掛けて灼熱の角・槍で攻撃するが、ギリエルは左前脚でそれを防いだ。


 くそっ! 並みの魔物の身体なら一瞬で焼き貫けるのに……!


「この程度、温いぞォオオッ!!!」

「ぐぅうううっ!??」


 弾き返され、態勢を崩した所に蛮勇の角による叩き付け攻撃を受けてしまい地面に強く打ち付けられ、ボールのように跳ね転がる。

 そこへ追撃の突き攻撃が迫る!


 私は翅を広げ空中で回転し体勢を整え、寸前で避ける事に成功。

 そのまま後方へ飛び距離を取ろうとするが、ギリエルも翅を広げ私に追撃を仕掛ける!


「《灼熱の斬撃》!」

「ふんっ!」


 灼熱の斬撃が簡単に弾かれ、逆に私の胴体を狙ったギリエルの攻撃が来る!


「フンヌゥアアアアアアアッ!!!」


 全身の筋肉を収縮させ一気に解放する事により無理矢理体を動かし、全力の灼熱の角でギリエルの蛮勇の角を受け止める!

 耳障りな音が響くと共に、再び両者の間に鍔迫り合いが発生する!


 角同士の押し合う力が拮抗し続けたあと、衝撃で互いに後方へと吹き飛び、着地した。


「はぁっ、はぁっ……」


 くっ……まだこれ程の力の差があるのか……ギリエルはまだ本気を出していないと言うのに……


「どうした魔蟲王よ? この程度で息切れか? これが私の最期の戦いとなるのだ……せっかくだから楽しませてくれ」

「……さっきから最期最期って、一体どういう意味なんだ?」

「言葉通りだ、貴様との戦いが私の最期の戦いになる、それだけだ」

「だからそれがどういう事だと聞いているんだ……ビャハが言っていた、奴とお前が血の繋がった兄弟だと言う事と関係があるのか?」


 私の言葉を聞き、ギリエルがため息を吐いた。


「はぁ……ビャハめ……楽しんで来いとは言ったが、まったく口の軽い奴め……」

「お前とビャハは魔人族では無いのか? だとしたらお前達は何者なんだ!」

「随分と私達の事が知りたいようだな……それとも、私を倒すための作戦を練るための時間稼ぎをしたいのか?」


 くっ、読まれている……!


「まぁ良い、どうせこれが最期なのだからな……わざわざ隠す必要もないか……教えてやろう」




「――私とビャハは、数百年前この世界に召喚された『勇者』だ」

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