第288話 悲しき復讐者Ⅻ
――そして、遂にその時は訪れた。
「魔蟲王ヤタイズナ……貴様は私が殺すっ!!」
アメリア城の入り口の前に現れた魔蟲王と対峙した私は、背中にまで及んだ変異によって手に入れた虫の翅とガタクを駆使して魔蟲王と戦いを繰り広げた。
「教えてくれ、私が君の兄さんを殺したとはどういう事なんだ? 君は一体何者なんだ!」
「……分からないなら思い出させてやる……私の兄の名はザハク!」
「ザハク……ザハク!? まさか……」
「そうだ! レイド大雪原で貴様に殺された、六色魔将『黄』のザハク……私はその妹だぁっ!」
その戦いの中で、私は自身の正体を明かし、身体の内からあふれ出す力と殺意をぶつけ続けた。
「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す……絶対に殺してやるゥゥッ! ァァァァァァァァァァ!!?」
戦いの中で私の身体の変態は加速し、左腕も異形の姿へと変異、その後も苛烈な攻撃を続けていく。
だが、その力を魔蟲王は軽々と超えてきた。
そして私は腹部を大きく損傷、右目も焼かれ、ガタクを支配していた魔道具をも破壊されてしまう。
「ア、ァァァ……」
私は焼かれた右眼を押さえ、苦悶の声を上げる。
「っ! ファレナ殿、その姿は……」
この、声は……
「……ガ、タク……」
魔道具を破壊され、正気を取り戻したガタクが私に声を掛ける。
「ファレナ殿……もう止めるで御座る……その力はお主の身体に相当な負担を掛けているはず、それ以上使えば……」
「そんなコト、ドウでもいい……」
「ファレナ殿……」
「私には、ザハク兄サンこそが総て……あの人とイッショに居るトキが私にとっての幸せダッタ……それを奪った魔蟲王を殺すことが、イマノ私の総てだ……!」
そうだ……私にはもうそれしか……
「では、拙者に話してくれたあの言葉は嘘だったので御座るか! 拙者が魔道具で支配されている時に話してくれた事は……!」
……っ!
「……聞こえて、イタンダネ……嘘、ジャナイ、ヨ……」
「ならば――」
「……ソレでもっ、私は……ぐ、アアアアッ!」
私の身体は再び変態を始め、抉れた腹部が再生し、焼けただれた右眼が零れ落ちる。
「もう私にはナニモ残ってイナイ、復讐のためにこの身スラ捧げた……だからねガタク……モウ、止まる事ナンテ……デキナインダヨ」
新しく生えた複眼でガタクを見た後、私は憎悪を込めて魔蟲王を睨んだ。
「だから……私ハ魔蟲王を殺す……絶対に殺してヤルンダァァァァァァァァッッ!!」
私は翅を広げ空を飛び、そのまま魔蟲王へと強襲する!
たとえこの命尽きようとも、魔蟲王だけは道連れにしてやるゥゥッッ!!
私は決死の覚悟で魔蟲王へ突っ込んだ瞬間、目の前に転移門が現れた。
これはブロスト様の転移門!?
「何故!? ドウ、シテ――」
私は驚き戸惑い、理解出来ぬまま転移門の中へと飲み込まれた――
「――っ……ココ、ハ……?」
そうだ、私は確か、突然現れた転移門に……
辺りを見渡すと、周囲に無数の道具が見えた。
何かの倉庫……?
「ビャハハハハ、ようやく目覚めたか」
「! ビャハ様!?」
声が聞こえた方に視線を向けると、そこには椅子に座り水晶球を指先で器用に転がすビャハ様がいた。
「何故ビャハ様が……ソレニここは一体?」
「ここはブロストの研究室だ、奴自身まだここがバレているとは気づいてねぇだろうがな……ビャハハハ!」
「ブロスト様ノ研究室……イヤ、それよりも私ノ前に現レタ転移門ヲ出シタのはまさか……!」
「ああ、俺だ」
「ドウシテ!? 私は魔蟲王ヲ道連れにする覚悟を決めていたのに……ナノニなぜ邪魔をしたんです!」
私の問いかけに対し、ビャハ様は呆れるような表情を浮かべた後ため息をつく。
「まったくよぉ……俺はお前を助けてやったんだぜぇ? 本当の仇を知らねぇで死ぬのは可哀想だと思ってなぁ……」
「本当ノ仇……? ナニヲ今更、あの従魔使いはただの隠れ蓑だと言うコトハ……」
「だからよぉ、そこから間違ってんだよ」
「エ……?」
「確かにザハクと戦い、倒したのは魔蟲王の野郎だけどよぉ……奴を利用し、止めを刺したのはブロストだぜ?」
「ナ――」
ブロスト、さま、が……
「ソ、ソンナ……だって、ブロスト様ハ、私に力、ヲ……」
「騙して実験台として利用してんに決まってんじゃねぇかよ……まぁこれ見りゃあ馬鹿なお前でも理解出来んだろう」
そう言ってザハク様が指先で転がしていた水晶球を掴みなおし、こちらに向けると、水晶球から光が差し、映像が流れ始めた。
『研究報告第657番、魔蟲の宝珠及びザハクの変態、戦闘情報解析について』
今私達が居る研究室で、ブロスト様が椅子に座って何かを喋っていた。
『魔蟲の宝珠の力は実に素晴らしい、魔蟲王の骸を利用して作られたこの宝珠は埋め込んだ生物の身体を細胞レベルで変質させる事で全く異なる生物へと変態を可能としている……これを応用すれば私は本来の姿に戻る事が出来る……そして魔蟲の宝珠を解析すれば質は落ちるが、同じ効果を発揮できる魔道具を製造する事が可能だろう、この宝珠を使用したのを確認出来たのはかつての緑の将デスラーに続きザハクが二体目だ、ザハクの変態はデスラーのモノに比べ物にならない力を発揮した、これはザハクの肉体がデスラーよりも良質だったことが要因の一つと考えられる』
「奴はこうやって自分の研究を水晶球に記録していたのさ……そろそろだな、見とけ」
ビャハ様に言われ、私は映像を注視する。
『……その後私はレイド大雪原でザハクと魔蟲王の戦闘を観察を開始した、変態したザハクの力は予想を超える性能を発揮し、魔蟲王を追い詰めたが、あと一歩の所で魔蟲王に敗北した、その後魔蟲の宝珠の情報が魔蟲王に漏れる寸前であったため、口封じのためザハクに止めを刺した』
ブロスト様が発した言葉を聞いた瞬間、私は全身の血が全て無くなったかのように感じた。
『その後魔物達を使い魔蟲王もろとも魔獣王に攻撃を仕掛けたが、魔獣王によって全滅、私は魔封石の一つを手にしてレイド大雪原から退却した……ふふふっ……おっと、あの時の騙されていたと気付いたザハクの声は今思い出しても愉快でした……ふふふふふふ……では、これにて研究報告を終了します』
映像は途切れ、水晶球の光が消える。
「これで分かっただろ? ザハクを殺した真の仇が……その仇に良いように利用され、実験台となったって事が……哀れだなぁ……クッ、ヒヒッ! ビャハハハハッ!!」
ビャハ様が笑っている間も私の頭の中には先程のブロストの言葉だけが繰り返し流れていた。
「……ハ、ハハ、ハハハハッ! アハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
……なにそれ、馬鹿みたい……目の前に仇がいて、その仇に唆され、利用されていたなんて……こんなの間抜け過ぎて笑うしかないじゃない!!
私の左目から涙を流しながら腹の底からの笑い声を上げる姿を、ビャハ様は愉快そうに眺めていた。
「ハハハハ! ハハハハハハハ……ハァーッ……」
「ビャハハ、ようやく落ち着いたみてぇだなぁ……お前が気を失っている間にブロストと魔蟲王の戦いも決着が着きそうだ……ファレナ知らないとはいえお前がブロストに与した事は魔人王様を裏切った事になるが……特別に許してやろう」
「……」
「これよりお前は俺の配下として働いてもらう、その命尽きるまでな……」
「……分かりました、ですが一つだけお願いします……この手で魔蟲王を仕留めさせてください……!」
私を見つめた後、ビャハ様は再び不気味に微笑むと、私に近づき、背中を叩いた。
「良いぜぇ、好きにしな……どうせ次で俺も役目を終えるんだからなぁ……ビャハハハハ!」
小声で何かを呟いた後、ビャハ様は笑いながら歩いて行く。
……ビャハ様もブロストと同じ様に私を利用し、使い潰すのだろう……だけど、もうどうでも良い。
もう私には何も無い……全てを失った私が進むべき道は一つ、魔蟲王を倒し復讐を成し遂げる事のみ……
たとえそれがもはや意味を成さないとしても、私は前に進むしかないのだ。
この、破滅の道を――
「――アアアアアアアアアアアアッッッ!!」
「ファレナ殿、必ずお主を止めて見せる! 《大鎌鼬》!」
「シャアアアアアアアアアアアアッッ!」
ガタクが撃ち出した無数の大鎌鼬と、ファレナが放った雷球と炎球がぶつかり相殺し合う。
「《暴風の大顎》!」
「ガタクゥゥゥゥゥゥッ!!」
そしてガタクの大顎とファレナの4つの鎌腕がぶつかり合い拮抗する!
「アアアァァァァアアアアアアア!!」
ファレナが鎌腕を縦横無尽に振り回し、それをガタクは大顎で軌道を逸らしながらギリギリで回避している。
「兄サァァァァァァァァァン!!」
ファレナの鎌腕の速度はさらに増していき、ギリギリで回避していたガタクだったが、徐々に攻撃が身体に掠り始めていた。
「死ねぇェェェェェェェェッ!!」
「……今だ!!」
ファレナが速度を上げた一瞬、ガタクは大顎を開き、閉じる動作を行い4つの鎌腕を一気に挟み止めたのだ!
「がぁっ!?」
上手い! 4つの鎌腕が交差する瞬間を見切り、大顎で一気に掴み取った事で完全に動きを封じ込めているぞ!
「《大鎌鼬》!!」
そこへすかさずガタクが周囲に大鎌鼬を発生させ、ファレナに向けて撃ち出す!
「ぎっ……オオオオォォォォォォ!!」
ファレナは4本の腕を無理矢理引き千切り、ガタクの拘束を逃れ空へと逃げ、大鎌鼬を回避した。
「ハァ、ハァ……ァァアアアアアアアアアアッ!!」
ファレナは苦悶の声を上げながら引き千切った腕を再生、更に鋭く、禍々しい形の鎌腕を作りだした。
更に周囲に無数の巨大炎球と雷球が現れる!
「ぁぁぁぁ……!!《爆炎轟雷雨》ゥゥゥゥゥッッ!」
ファレナの周囲の炎雷球全てが同時に放たれていく! 先程放った爆炎豪雨とは比べ物にならない威力を持った弾が一斉に襲いかかる!
この規模……! いくらガタクが風のドームを作り受け流そうとしても、いずれは突破されてしまう!
どうするんだ! ガタク!
「……ならば!」
ガタクは風を操り、自身の身体に纏わせた!
あれは私の灼熱の角・鎧と同じ……だがあれでは防ぎきれないはずだぞ!
「いざ、参るで御座る!」
ガタクは翅を広げ、爆炎轟雷雨へと突っ込んで行く!
そうか! ガタクが範囲の広いドーム状の風から身に纏う風に変えたのは……!
ガタクは降り注ぐ炎雷球の中へと入った!
そのまま炎雷球がガタクに触れ弾ける……ことは無く、ガタクはギリギリで避けながら、炎雷球同士の間に出来る僅かな隙間を、針に糸を通すが如く進んで行く。
自らの周囲では無く自分の身体に限定する事で風の制御精度を高め、風の流れを読む事で攻撃の隙間を的確に見極めたんだ!
ただ、それでも全ての攻撃を完璧に避ける事は不可能、全身至る所を焼かれ傷つきながらも遂に最後の炎雷球を避けきり、ファレナとの距離を目と鼻の先まで縮めた!
「ファレナ殿ォォォォォォォォッッ!!」
「ガタクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」
ガタクとファレナは同時に大顎と鎌腕を動かし交差する!
爆炎轟雷雨が地面に落ち、爆発が生じたその一瞬で、勝敗は決した。
「……ファレナ殿」
「……」
ガタクの右の大顎が、ファレナの胸を貫いていたのだ。
そのままガタクはゆっくりと降りてきて、地面に着地した。
「何故、最後の一瞬、攻撃を止めたので御座るか……!」
「……何で、だろうね……もう、覚悟を決めていたのに……もう後戻りは出来ないって、分かってたのに……」
ファレナの鎌腕が先端から徐々に灰色になっていく。
「最後の最後で、君に助けてほしいって思ってしまったんだ……」
ファレナの胸に突き刺さったガタクの大顎を伝って、ファレナの血液が流れ出て、ガタクの複眼を伝って地面へと零れ落ちていく。
それはまるで、ガタクが泣いているように見えた。
「利用されて、こんな姿になってまで復讐を遂げようとしたのに、結局何も出来なかった……何も残すことが出来なかった……」
「そんな事……そんな事は御座らん! ファレナ殿は残しているで御座る! ファレナ殿と話した事、教えてくれた事、共に過ごした日々を! 大事な思い出を残してくれたで御座る!」
「ガタク……」
ファレナの腕が完全に灰色となり、身体も灰色に染まって行く。
「拙者は絶対に忘れない! 貴女との思い出を! この想いを! そうすればファレナ殿は拙者の中で生き続けるで御座る! 生きた軌跡を残し続けられるので御座る!」
「……あは、あははは……なにその分からない理屈……でも、ありがとう……最後に胸の温かさの正体に気付かせてくれて……」
そう言ってファレナは残された力を使って無理矢理身体を動かしてガタクの頭部に顔を近づける。
――そして、ガタクにキスをした。
「……ファレナ殿……」
「ねぇ、ガタク……もっと早く、貴方に出会えていれば……もっと早くこの想いに気付いていれば……こんな事には、ならなかったのかな……?」
「……勿論で御座る、きっと、きっと分かり合えていたはずで御座る……!」
「ふふっ……」
身体の灰化が首元にまで及ぶ中、ファレナは憑き物が落ちたように穏やかで優しい笑顔で微笑む。
「ガタク……大好きだよ」
笑顔でそう言った瞬間、ファレナの全身は完全に灰となり崩れ落ちていき、胸に埋め込まれていたクワガタのネックレスが地面に落ちた。
「……」
「ガタク……」
ガタクは地面に落ちたネックレスを、ただじっと見つめていた。
「第111回次回予告の道ー!」
「と言うわけで今回も始まったこのコーナー!」
「12話も続いたファレナとの戦いも遂に決着がついたのう」
「うん、分かってはいたけど、悲しい結末だったね……ガタク、大丈夫かな」
「安心せい、あ奴なら乗り越えられるはずじゃ、お主のしもべじゃからのう」
「そうだね……それじゃあ気を取り直して次回予告を始めよう!」
「ファレナを倒したのもつかの間、今度はビャハの奴がヤタイズナ達の前に立ち塞がる!」
「そして、最後に待ち受ける最強の将、黒のギリエルも遂に動き出す……そして二人の秘密が遂に明らかとなる!? 次回、『赤のビャハ』!!」
『『それでは、次回をお楽しみに!!』』
・注意、このコーナーは作者の思い付きで書いているので、次回タイトルが変更される可能性があるのでご注意下さい。
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