第287話 悲しき復讐者Ⅺ

――翌日。 アメリア王国の豊穣祭が始まった。


 右腕の変態も治まっており、体調も問題ない。


 私は任務を果たすため、ガタク達の元へと、向かう。

 そしてガタク達を発見するが、予期せぬ事が発生する。


 魔蟲王たちの他に、ウィズ、ディオス、そして知らない男が居たのだ。

 これではディオスが私の正体を魔蟲王達に話してしまうかもしれない。


 私は遠巻きに魔蟲王たちを監視しながら、ディオスが離れる機会を窺う。

 そして、遂にその時が訪れた。


 ディオスとウィズ、そして謎の男が魔蟲王から離れていく。


 完全に姿が見えなくなったのを見計らい、私は従魔使いの元へと歩いて行く。



「失礼、『救国の従魔使い』バノン殿ですか?」

「え? ああそうですけど……貴女は一体?」

「私の名はファレナと言います」

「ファレナさんですか、一体何の御用で……」

「ファレナ殿、来てくれたので御座るか!」


 従魔使いの背後から、ガタクが姿を見せた。


「やぁガタク、待たせてしまったね」

「いやいや、こちらもそちらの都合も考えずに強引に約束してしまったもので御座るからな」

「ガタク、この女性は知り合いなのか?」


 ガタクとバノンが話す中、私は気づかれないように横目で魔蟲王を睨んだ。

 あれが兄さんの仇、魔蟲王……!


 落ち着け……殺意を抑えろ私……今は任務に集中しよう……


「それじゃあガタク、約束通り一緒に回ろうか」

「そうで御座るな、ではバノン殿、すまぬが一緒に」


 こうして、ガタクと従魔使いと共に、祭りを見て回り始めた。


「ファレナ殿、空腹で御座るか?」

「いや、今の所問題無いよ」

「ならそれ以外の物を見て回るで御座る……む? ファレナ殿、その右手どうしたので御座るか?


 ガタクが私の右腕の包帯に気付いた。

 前は月明かりしかない夜だったから気付かれなかったが、やはり明るい場所では隠し通す事は無理か……


「もしや怪我を?」

「……ああ、少しな……何、直ぐに治ると医者に言われているよ」

「それは良かったで御座る」


 何とか誤魔化し、そのまま散策を続ける。






 粗方回り終えた私達は、街の隅で休憩していた。

 ここは人通りが少ない……殺るなら今だ……


 私が懐の短剣に手を伸ばせるようにしながら、ガタクとの会話を続ける。


「いやー、楽しかったで御座るな、ファレナ殿はどうで御座ったか」

「ああ、私も楽しませてもらったよ」


 ガタクの純粋な言葉に引っ張られ、私も自然と小さな笑みを浮かべていた。


「……やっと笑ってくれたで御座るな」

「え……?」

「ファレナ殿、拙者達と祭りを見ている時も笑みを浮かべなかったから少し心配していたので御座る……本当は気を使って来たのではないのかと……でも笑ってくれて安心したで御座るよ! やはりファレナ殿には笑顔が似合っているで御座る」

「っ! ……また、兄さんと同じ言葉を……」

「……バノン殿、アレを」

「おう……邪魔するのもなんだし、俺は少しだけ離れとくよ」


 従魔使いがガタクの左の大顎に何かを引っ掛けた。


「ファレナ殿、これを受け取って欲しいで御座る」

「これは……」


 ガタクが左大顎を私に向け、引っ掛けられていた物を渡してきた。

 それはクワガタの形を模したネックレスだった。


「これを私に……? 何故?」

「特に理由は御座らんが……しいて言うならファレナ殿に似合うと思ったからで御座るよ」

「そうか……」


 その言葉に、私の胸の温かさが大きくなる。


「……ファレナ殿は時折苦しそうな表情をするが、死んだ兄君が原因で御座るか?」

「……」

「嫌ならば答えなくて良いで御座るよ……拙者は何も知らぬ故、首を突っ込むのは無粋と思うが……そのように苦しむのを兄君は望んでおらぬのでは御座らんか?」

「っ……」


 ガタクの言葉が私の胸に突き刺さる。


「後ろ髪引かれることなく、前を向いて歩んでほしい……拙者が兄君ならそう思うで御座る」

「……君は、本当に兄に似てるな……あの日、任務に旅立つ前に兄さんも同じことを言ったよ……『もし自分に何かあっても、自分の死に囚われるな、自分の望む道を歩め』……それが兄さんの最期の言葉だった……」


 私はネックレスを握りしめ、俯き心の奥に仕舞っていた想いを吐き出し始めた。


「兄さんと共に歩む道だけが私の総てだったんだ……その兄さんを失った今、私が望む道は……」

「ファレナ殿……拙者が兄君の代わりになどと、おこがましい事は言わぬ……だが出来るならば、拙者が共に進む道を……」


 ガタクが話す中、突如発作が起き、私の右腕が蠢き始めた!


「ぐぅぅっ!? ぁぁぁっ!?」

「ファレナ殿!?」

「こんな、時に……! ぁぁっ……!」


 私は蠢く右腕を抑えたまま、城下街の裏道へと走る。


「ぁぁっ……ゥゥぅ……!?」


 今までとは比にならない程、激しい痛みに襲われた私は、裏道の真ん中で倒れた私の元に、追いかけて来たガタクと従魔使いが駆け寄った。


「ファレナ殿、大丈夫で御座るか? 怪我をした右手が痛むので御座るか?」

「見せてみろ、多少の手当てなら出来るぜ」


 そう言って従魔使いが私の右腕に触れようとする。


「触るなァッッ!!」


 右腕で従魔使いの手を弾いたその瞬間、私の右腕が今まで以上に蠢き、袖と包帯が破れ飛び、白い甲殻に覆われた右腕が露わになる。


「な……」

「ファレナ殿、その手は……」


 ガタクと従魔使いが驚愕し、硬直する。


 見られて、しまった……この醜い姿を、ガタクに……。

 胸の内に、悲しみが広がる中、上空に無数の転移門が現れた。


「何!?」

「おいおい、これってまさか……」


 突然の事にガタクと従魔使いが空を見上げる。

 これはブロスト様の転移門! と言う事は、もう作戦が始まって……


 私は懐にある蜘蛛型魔道具を取ろうとするが、右腕は変態の痛みでまだ動かせず、左手にはネックレスを握っているため取り出せない。


 魔道具を取り出すには、ネックレスを……



『ファレナ殿……拙者が兄君の代わりになどと、おこがましい事は言わぬ……だが出来るならば、拙者が共に進む道を……』



 ……っ! 何を悩むんだ……! 兄さんの仇を取るためならどんな事でもやると誓っただろう! 例えこの手が血に染まろうと、誰かを裏切り、傷つけようとも……私は、私は……


 下唇を噛みしめ葛藤する私、そして――


「まさか魔人族が……ファレナ殿、ここは危険で御座る、直ぐに避難を……」

「――ガタク、ごめんなさい」


 私はネックレスを手放し、蜘蛛型魔道具を取り出しガタクの頭部に取り付けた。


「ファレナ殿、何を……ぐあああああああああああっ!?」


 その瞬間、魔道具から紫の電気が発生し、ガタクが苦悶の悲鳴を上げた。


「ガタク!? あんた一体何を――」


 従魔使いが私に近づいて来た刹那、私は短剣を抜き、従魔使いの左胸に突き刺した!


「か……あ、ああ……」

「……」


 短剣を引き抜くと同時に、従魔使いは地面に倒れ伏した。


「ファレ、ナ……殿……」


 私の名を口にした後、ガタクの複眼が真っ赤に輝いた。


 短剣を収め、懐から水晶球を取り出しブロスト様に報告する。


「……ご命令通り、例の従魔使いを始末しました、ブロスト様」

『そうですか、ご苦労様でしたねファレナ』

「それともう一つ、従魔使いの従魔を一匹支配致しましたが、どうしますか?」

『ほほう、それは面白い余興に使えそうですねぇ……こちらへの道を開くので、一緒に連れてきなさい』

「分かりました」

『ふふふふ……遂に我が大願が成就する日が来たのだ……そしてファレナ、貴女の復讐もね』

「……はい」

『では、私は次の準備をしますので失礼しますね』


 通信が終わると同時に私の眼の前に転移門が現れる。


「……行こう、ガタク」

「ギシャアアアアア……」


 私は地面に落ちたネックレスを拾い、首に掛け、ガタクを連れて転移門へと入りブロスト様の元へと向かった。








 それからブロスト様の計画は着々と進み、アメリア王国はまるで地獄のような有様となった。

 そして私はブロスト様の命により、これから来る魔蟲王の相手を申し付けられた。


 長かった……ようやくだ……ようやく兄さんの仇を取れる……

 魔蟲王への殺意が溢れる中、私の身体には更なる異変が起きた。


「ぐうぅぅ! あぎゃぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁっ!?」


 右腕だけであった激痛が背中全体に広がり、あまりの苦痛に耐え切れず叫び声を上げ、苦しみのたうち回る。


 熱いぃ! 苦しいっ!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いィィッ!!!!!!

 絶え間なく襲ってくる痛みに頭の中で火花が散り続ける中、私の傍にガタクが来る。


「ギシャアアア……」

「ガタ、ク……」


 きっとこれは魔道具の、使用者を守るための機能が働いたために私の傍に来たのだと思う。

 それでも、私はガタクの身体にしがみ付き、無意識に口を開いていた。


「たす、けて……誰か、私を助けて……」


 それはこの身を苛む痛みからか、それとも今の私自身をなのか、どちらにせよ私が発したのは救いを求める声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る