第286話 悲しき復讐者Ⅹ
――それから日数が経過し、相も変わらずウィズに気にかけられつつも仕事をこなしていたその日の夜、ブロスト様への定期報告と同時に新たな任務が与えられた。
目の前に亀裂が現れ、大量の魔道具が送られて来た。
「これは……?」
「それは私が開発した『楔』……その楔を介することで広範囲かつより巨大な転移門を開くことが出来るようになるのです……その楔をアメリア王国中に打ち込んできなさい」
「了解しました!」
それから私は昼夜問わず人目の着かぬ場所や中央広場に気付かれぬように楔を打ち込み続けた。
侵入するのには手間がかかったが、アメリア城の城壁、そして内部へと侵入し至る所に楔を打ち込み続けて行った。
総ての楔を打ち込み終え、隠れ家へと戻ろうとした時、私は信じられないものを目にした。
「ディオスさん、この後ちょっと寄り道して行かない?」
「ん? 構わんが何処に行くんだ?」
「むふふー、私のお気に入りの場所の一つだよー♪ ほらこっちこっちー!」
私の視線の先に居たのはウィズと、兄さんの友であられる六色魔将、『緑』のディオス様だったのだ。
どうしてディオス様がこんな所に……!? しかも何故ウィズと共に!?
私は戸惑いながらも物陰に隠れ二人が何処かに向かうのを確認した後、部屋へと一目散に戻った。
それから数日後、定期報告でディオス様の事をブロスト様に伝える。
『何、ディオスがアメリア王国に?』
「はい」
「……ファレナ、これは黙っておくべきと思っていたんですがねぇ……ディオスは我々魔人族を裏切ったのです」
突然告げられた言葉に、私は己が耳を疑った。
「そんな馬鹿な! あのディオス様が裏切るなど!」
「信じたくないかもしれませんが、事実なのです、奴は魔蟲王と通じていたのですよぉ」
「そんな……」
まさか、あの方が……信じられない……
「それで、そちらの準備はどうなっていますか?」
『はい……楔の打ち込みは完了しました、何時でも起動できます』
「ご苦労、では次の指示まで待機しておきなさい」
「……分かりました」
定期報告を終えた私は、右拳を握りしめ、壁を殴った。
どうして……ディオス様……
『ザハク、お前の遺体を弔らえない代わりだ……せめて、魂だけは安らかに眠ってくれ……』
『お前の仇は、この俺が必ず討つ……! あの世で見ていてくれ……』
あの言葉は……嘘だったと言うのですか……! 兄さんが死に、悲しみに打ちひしがれていた貴方の姿は、演技だったというのですか!!
許さない……兄さんを死に追いやった者達全てを!
私が全員殺しつくしてやる!
この時の私は兄さんを失った悲しみと魔蟲王への怒りと憎しみに駆られ、冷静さを欠いていた、だから考えれば分かるような嘘にすら気付けないでいたんだ。
――そして、遂に魔蟲王を倒すための作戦が実行へと移されようとする中、私は一度ブロスト様の元へ帰還し、約束通り『力』を与えられようとしていた。
「覚悟は良いですかぁファレナ? この宝珠を埋め込めば力を手に入れる事が出来る……だがこれを埋め込んだ瞬間、貴女はもう二度と元には戻れない……しかも力を手に入れる過程で身体に多大な負荷がかかり命を失うかもしれない……それでも本当に良いんですかぁ?」
……何を今更。
「愚問です、私は兄さんの仇を討つためならばどんな苦痛だろうと耐え抜いて見せましょう!!」
「……いいでしょう、それじゃあお望み通りにぃ……」
ブロスト様が私の右腕に宝珠を埋め込んだ。
その瞬間、右腕が蠢き、途轍もない痛みに襲われる。
「ぐっ!? ああああぁあああああああああッ!?」
「ふふふふふ……」
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
私は腕だけでなく全身が焼ける様な激痛に襲われている。
「あっ……うぅ……くっ……!」
そして、右腕の皮膚が破れ、内部から白い甲殻が現れる。
「素晴らしい……変態は順調ですねぇ……」
ブロスト様の声を聞きながら自分の右腕を見る。
甲殻は前腕部にまで達しており、指は通常の何倍も細長い三本の指のみになっている。
(……力が溢れてくる)
私は耐え難い激痛の中でも、確かに力を手に入れた事を実感していた。
「変態の第一段階は終えたようですねぇ……これからは変態が発作的に起こるようになるでしょう……」
その後私は作戦決行まで自由を与えられた。
私は自らの右腕に包帯を巻き、発作的に起きる変態で生じる激痛に耐える日々を過ごす。
「あ、がぁ…!? はぁ……はぁ……」
もう何度変態が起きただろうか? 右腕の激痛に加え頭痛や吐き気、目眩などの症状にも襲われた。
特に酷い時には意識を失いかけた。
だがそれでも私は、耐え続けた。
全てはこの手で魔蟲王とその仲間達全員を殺し尽くすために……!
全員……ガタクも、殺す……
頭の中でガタクの姿を思い浮かべた私の胸に、再び小さな暖かさが宿る。
何故…また……?
私は戸惑いながらも、自らの頭を冷やすため、外に出て屋根の上に登り夜空に浮かぶ満月を見上げる。
「……」
ただただ無言のまま月を見て心を落ち着かせようとしている私の背後に、何者かが現れた気配を感じた。
私は警戒態勢をとって背後に振り返った。
「やはりファレナ殿で御座ったか」
「っ!? ガタク!?」
月明かりに照らされ、姿を現したのは、ガタクであった。
「何故君がここに……」
「いや実は先日ファレナ殿らしき人影を見かけて気になって同じところを見回っていたので御座る……なに安心するで御座る、拙者もお忍びでの行動、ここでファレナ殿と会った事は言わぬで御座るよ」
「……はぁ」
私は気が抜けてしまい溜息を吐き、屋根の上に座ると、その隣にガタクが座った。
「こんな屋根の上で一体何をしていたので御座るか? いや別に言えぬことであれば無理に言う必要は無いで御座るが……」
「……月を見ていたんだ」
「成程月見で御座るか、確かに今宵は月が美しいで御座るからなぁ……ファレナ殿は月が好きで御座るのか?」
「ああ……昔は良く兄と一緒に月を見て話したものだ……」
「それは良き思い出で御座るな」
「ありがとう」
それから私とガタクは上を見上げ、暫く月を眺め続ける。
「……ファレナ殿、何かあったので御座るか?」
ガタクの言葉に、私は身体を一瞬強張らせた。
何か気付かれた? ……まさか私の正体を感づかれた……?
そんな事を考えながら恐々としながら返事をする。
「……どういう意味だい?」
「いや、拙者の気のせいなら良いので御座るが……何か苦しそうな感じに見えたで御座るから……」
「……」
肉体の変態で生じる痛みは表情に出してないのに、そこに気づくとはね……
「すまぬ、いらぬ気遣いで御座ったな」
「いや、実はここの所気分がすぐれなくてね……だから気分転換に月見をしていたんだ」
「そうで御座ったか……しかし気分が優れぬのであれば寝て療養せねばいかんで御座るよ」
「すまない」
「別に謝る必要は無いで御座るよ……そうだ! 気分転換と言うなら明日の祭り、拙者や殿達と回らんで御座るか?」
「え……?」
ガタクの提案に私は目を丸くした。
「祭りで美味な物を食べ、楽しく遊べば気分も優れて元気になれるで御座る! 如何で御座るか?」
「……」
どうする……? これは魔蟲王に自然に近づく絶好の機会……ここは一度ブロスト様に報告をして……
「勿論無理にとは言わんで御座る、でも拙者はファレナ殿には笑顔になって欲しいので御座るよ」
「っ! ……笑顔に……?」
「うむ……おっとそろそろ戻らねばいかんで御座るな……もし当日拙者達を見かけ一緒に回りたいと思ってくれたのであれば、声を掛けて欲しいで御座る、では拙者はこれで」
そう言ってガタクは前翅を開けて翅を広げ、何処かへ飛んでいった。
「……笑顔、か……また兄さんと同じ言葉を……」
――『ファレナには、何時も笑顔でいて欲しいんだよ』
兄さんとの日々を思い出し、胸が暖かくなる。
「……兄さん……ぐぅっ!?」
再び発作が起き、私の右腕が蠢き、私は苦渋の声を漏らし膝をつく。
「笑顔……ガタク……私は……」
私は……魔蟲王を殺すために、笑顔など捨てる筈だった。なのに君と共に居ると、君の優しさに触れる度に、昔の私が蘇りそうになる……。君はどうしてそこまで優しく出来るんだろうか? そしてどうしてここまで私に構ってくれるのか理解できない。
けどそれが凄く嬉しいと思っている自分がいる事に戸惑いを感じる。
「この気持ちは何なんだ……」
私は苦しみに耐えながらも屋根から飛び降り、部屋へと戻る。
『――ほう? 魔蟲王のしもべに魔蟲王達と共に一緒に祭りを回らないか誘われたと』
「はい」
『それはそれは……ふふふ……』
水晶玉越しでも分かるほど、ブロスト様は愉快そうに笑っていた。
『ファレナ、貴女に任務を与えます』
「はい」
『――魔蟲王の仲間であるドワーフを暗殺しなさい』
「っ! あの従魔使いと偽っているドワーフをですか? しかしなぜ今になって」
『ファレナ、復讐と言うのはですねぇ、ゆっくりじっくりと時間をかけてやるから良いんですよぉ……そしてもう一つ』
目の前に小さな転移門が現れ、小さな蜘蛛のようなモノが出て来た。
「これは……?」
『魔物に取り付ける事で支配する事が出来る魔道具です、上手く使いなさい』
「分かりました」
通信を終え、私は疲労でベットの上に倒れ込み、目を閉じる。
明日で全て終わる……私の復讐、も……
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