第285話 悲しき復讐者Ⅸ

 そして私はブロスト様の私兵として、魔蟲王に関する様々な情報を集めるために、奴が最初に現れた場所、大草原の近辺にあるアメリア王国から調査を始めた。



 アメリア王国に潜入後、私はすぐに情報収集を始めた。


 まず最初に冒険者と呼ばれる人間共が集まるギルドと呼ばれる組織に私も冒険者として潜入した。

 そこでウィズと言う少女に出会った。


 ウィズは終始笑顔であり知性を感じない喋りで私に接し、何かと私の事を気に掛けてくれている。

 少々うっとおしくはあるが、ウィズはギルド内だけではなく王国全体でも顔が効くらしい。


 この少女を利用すれば情報収集も円滑に進むだろうと考え、私はしばらくの間ウィズと行動を共にする事にした。


「ファレナさ~ん、こっちこっちー! ここの串焼きは絶品なんただよー!」


 ……仕事とは関係ない食べ歩きなどに付き合わされたりなどしたが、魔蟲王に関する有益な情報をいくつか得られた。


 魔蟲王は例のドワーフと複数の虫型魔物と共に、この王国を襲った魔人族配下の魔物達を蹴散らし、例のドワーフが英雄視されていると言う。


 ブロスト様の言った通り、魔蟲王はドワーフを隠れ蓑にしていると言う事で間違いない。

 その後ウィズから魔蟲王とドワーフの居場所を聞き出そうとした結果、ランド大樹海と呼ばれる場所の南側を拠点としているらしい。


 それからすぐにウィズは王族の護衛任務に就くため私は久方ぶりに単独行動を取る。


(いい機会だ、ランド大樹海で魔蟲王が拠点としている場所を突き止め、ブロスト様に報告、そして力を手に入れて魔蟲王を殺す!)


 私は準備をして直ぐに旅立った。




 一週間ほど移動してランド大樹海へと辿り着いた私は、魔蟲王たちの拠点を探す中で、複数の蜂型魔物に襲われた。


「ギシャアアアッ!」

「《二重火球》、《電撃》!」


 私は火球と電撃で次々に蜂型魔物を撃ち落し、最後の一匹も撃ち落とし終えると、探索を再開する。


「ギシャアアアアアアアアア!!」

「っ!?」


 一匹仕損じていた!? 駄目だ、避けきれない――


「《斬撃》っ!」

「ギシャアアッ!?」


 蜂魔物の針が私の身体に突き刺さる寸前、近くの茂みから衝撃波が飛んできて蜂魔物を両断した。


 茂みを掻き分けて出て来たのは、一対の巨大な大顎を持つ虫魔物。

 私がすかさず魔物に両手を突き出し攻撃態勢を取る。


「安心するで御座る、拙者はお主と戦う気はないで御座る」

「……っ!?」


 喋った!? 知性がある魔物……もしかして魔蟲王の配下の魔物……!


 他にも隠れている可能性がある……仕方ない、此処は撤退する!

 私は目の前の魔物に警戒しながら後ろに下がり、木々の中を全力疾走する。



 ――これが、私とガタクの初めての出会いだった。





 私は自らの実力不足と怠慢を恥じる中、あの魔物が私を助けてくれたと言う事実と兄さんの言葉を思い出していた。




『良いかファレナ? どんな者であろうと助けられたのであるならば、その相手には礼を尽くせ、それが戦士として

 最低限の礼節だ』

『もし相手が自分の大事な人の仇だった場合でもですか?』

『それでもだ……それが出来ぬならば、戦士では無くただの獣だからな』




「……兄さん……」



 私は大樹海の南の森の細かい地理を把握するべく、細心の注意を払いながら探索する。


 それから数週間が経ち、ある程度の地理を把握し、あの魔物に遭遇した場所周辺で待ち伏せていた。

 暫くすると目的の魔物が、ゆっくりと移動している姿を確認出来た。


 私が茂みに隠れて魔物を観察していると、突如魔物が立ち止まりこちらを向いた。


「何者で御座るか! 姿を現すで御座る!」


 気付かれたか……だが、最初に発した言葉が本心なら、私を殺す気はないはず……

 私は茂みから出て魔物前に姿を現した。


「……ん? お主はあの時の……どうしたで御座るか? 拙者に何か用がおありか?」

「……前に助けてもらった礼を言いに来た」

「礼?」


 私は魔物の前に立ち、頭を下げた。


「あの時助けてくれて感謝する、そして助けてくれた相手に対して無礼な振舞いをしてしまった事を許してほしい、喋る魔物を見て動揺してしまってな……」

「別に良いで御座るよ、しかしわざわざ礼を言うために拙者を探していたので御座るか?」

「ああ、『どんな者であろうと恩人には礼を尽くせ』……そう教わったからな、たとえ相手が人ではなく魔物であろうと助けてもらったのなら礼を尽くさねばな」

「ほう、良い教えで御座るな……拙者の名はガタク、お主の名は?」

「……私はファレナだ、よろしく」


 それから少し話をした後、私は魔物――ガタクに別れを告げ、大樹海から再び撤退した。






 そしてアメリア王国に戻った私の元にブロスト様の通信用魔道具が現れ、ガタクの事を報告する。


「――以上です」

『中々の成果ですねぇ、良くやりましたよファレナ』

「ありがとうございます」

『ファレナ、貴女は今後もその魔物と接触し、情報と信頼を勝ち取りなさい、良いですね?』

「了解しました、この任務、必ず成功させて見せます」


 その後暫くしてから、私はウィズと共に採取依頼で大樹海の東側にやって来ていた。

 そこで偶然にもガタクと遭遇、ウィズの提案の元、共に東の森を歩く。


「久しぶりで御座るなファレナ殿、これも縁と言う物で御座るかな?」

「……私もまた君に会えるとは思ってなかったよ」

「ははははは、所でファレナ殿、前にも言ったで御座るが、聞きたい事があるので御座る」

「……何だ?」


 私は警戒しながら、ガタクの言葉を聞く。


「『どんな者であろうと恩人には礼を尽くせ』と言う事を教えてくれた者は一体どのような人間で御座るか?」

「……私の兄だ」

「兄上で御座るか、その様な事を教える御仁だ、さぞや立派な兄上なので御座ろうな」


 ガタクの言葉を聞いたファレナは少しだけ表情を暗くした。


「……ああ、とても誇り高く卑怯な事を嫌い、仲間想いの素晴らしい武人だった……」

「だった、と言う事はもしや……」

「……もう、この世にはいない」


 お前の主に殺されてな……!


 私は殺気を抑えて、一瞬だけガタクを睨んだ。


「……すまぬ、嫌な事を聞いてしまったで御座るな……」


「いや、いいんだ……ガタク、私も君に聞きたい事がある」

「む? 何で御座るか?」

「君のその大顎は何故欠けているんだ?」

「ああこれで御座るか……これは拙者の主を救うために負った名誉の負傷と言うやつで御座るよ」

「主? 君には主がいるのか?」


 私は白々しくそう言うと、ガタクは頷いて話を続ける。


「うむ、しかし欠けたままでは殿の足手まといになるため、しばらく殿と共に戦ってはおらぬで御座る……故に早く進化してこの大顎を元に戻し、更に強くなって殿と共に戦いたいので御座る!」


 ……!


 一瞬だけ、私はガタクと兄さんが重なって見えた。


「……成程、君は少しだけ兄に似ているな」

「そうで御座るか?」

「兄にも忠義を捧げた王が居る……その王のためならば命を差し出すのも躊躇わなかった……」

「ファレナ殿は本当に兄上殿を尊敬していたので御座るな」

「最高の兄だ、私も兄のようになりたいと今でも思っているよ」

「ファレナ殿ならきっとなれるで御座るよ!」

「ふふ、ありがとう」


 ガタクの言葉に私は一瞬だけ本当の笑みを浮かべた。






 また時が経ち、私は東の森に向かったガタクを気付かれないように尾行していた。

 そして、尾行した先で私の眼に映ったのは、三メートルはある巨大な蟷螂(カマキリ)型魔物と戦うガタクの姿だった。


 その戦いは凄まじく、私など到底立ち入れるものでは無かった。

 数分後、戦いは終わり、ガタクが巨大魔物に礼をした。


 模擬戦……? あの二匹は知り合いなのか……?


 私が木に隠れて探っていると、巨大魔物がこちらを向いた。


「《大鎌鼬》」

「っ!?」


 衝撃波が私に向かって迫って来る!

 私は咄嗟に木から飛び出して衝撃波を回避した。


「あれは……ファレナ殿!?」


 気付かれていた! 迎撃……


 私は右手を構えようとしたその一瞬、巨大魔物の大鎌が私の目の前に突き付けられる。


「人間、貴様我とこいつの戦いを覗き見ていたようだが……目的は何だ?」

「……」

「まぁ良い、殺すことに変わりはないからな……」

「待つで御座る、エンプーサ殿!」


 魔物が鎌を振り下ろそうとした瞬間、ガタクが巨大魔物を制止した。


「この者は拙者の知り合いで御座る、どうかここはその鎌を収めてもらえぬで御座るか?」

「……良いだろう、命拾いしたな……我は飯にする、貴様もさっさと巣に戻れ」

「分かったで御座る、ファレナ殿も行くで御座る」

「……ああ」


 私はガタクと共にエンプーサと呼ばれた巨大魔物の棲み処を後にした。

 戻る途中、ガタクが私に質問する。


「しかしファレナ殿、何故あそこに居たので御座るか?」

「……東の森に生っている木の実を採取していたんだ、そして戻っていた時に君とあの魔物が戦う場面を見たんだ」

「成程……」


 その後会話をしつつ、私はあの時疑問に思った事を口にした。


「ところでガタク、先程の君の戦いを見て……何か焦りのようなモノを感じた」


 私の言葉にガタクが脚を止めた。


「……そう見えたで御座るか?」

「ああ、少なくとも私にはそう見えた」

「そうで御座るか……」


 しばらくの静寂の後、ガタクが口を開いた。


「……少し話を聞いてもらえるで御座るか?」

「……私で良ければ」


 私は近くにあった岩に腰を掛け、ガタクはその隣に移動し、話し始めた。


「拙者は殿の事を尊敬し、殿に一生仕えて行きたいと思っているで御座る……そのためには、今よりももっと強くならねばならぬで御座る」

「ああ」

「そのためにはまず殿を見習って殿のような戦いをしようとしているので御座るが……これが上手くいかないので御座る……」

「……」

「早く強くなり、殿のお役に立ちたいと言うのに……どうすればいいので御座ろうか……」


 ガタクの悩みを吐露する姿を見て、私は自然と口を開いていた。


「……『人にはそれぞれ出来る事と出来ない事がある』」

「?」

「『他人と同じことをしても上手くは行くとは限らない、それよりも自分が出来る事を見つけ、自分だけの「個」を磨き上げろ』……兄が良く言っていた言葉だ」

「自分だけの『個』……」

「主の役に立ちたいと言う君の気持ちは分かる……けどガタク、君は君だ、主の真似なんかする必要はない、君だけが出来る事でその主の役に立てばいいんじゃないかな?」

「……確かにそうで御座るな、拙者は急ぐばかり大事な事を見失っていたで御座る!」


 私の言葉で答えを得たガタクは翅を広げ空を飛んだ。


「ガタク!」

「拙者は自分が出来る事を考え、新しい戦い方を考えるで御座る! ファレナ殿、ありがとうで御座る!」


 そう言ってガタクは私に背を向けて飛んでいった。


「……ありがとう、か……」


 ……何故私は兄さんの言葉をガタクに言ったんだ? 奴は兄さんの仇の部下、いずれは倒すべき相手に塩を送るなんて……それに、どうして私は笑みを浮かべているんだ? 


 ……どうして、彼に兄さんを重ねてしまうんだ? この胸の小さな暖かさは、何なんだ……?


 私は自らに起きている謎の症状に戸惑いながら、大樹海を後にした。

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